2009年3月アーカイブ

先日行われたヤマザキナビスコカップ予選サンフレッチェ広島戦。

【先発】
山岸範宏(30歳・熊谷高→中京大)
山田暢久(33歳・藤枝東高)
坪井慶介(29歳・四日市中央工高→福岡大)
堀之内聖(29歳・市立浦和高→東京学芸大)
平川忠亮(29歳・清水商高→筑波大)
鈴木啓太(27歳・東海大翔洋高)
山田直輝(18歳・浦和レッズユース)
原口元気(17歳・浦和レッズユース)
ポンテ(32歳・CAジュベントス)
エジミウソン(26歳・パルメイラス)
高原直泰(29歳・清水東高)
【サブ】
加藤順大(24歳・浦和レッズユース)
濱田水輝(18歳・浦和レッズユース)
赤星貴文(22歳・藤枝東高)
西澤代志也(21歳・浦和レッズユース)
林 勇介(19歳・盛岡商高)
三都主アレサンドロ(31歳・明徳義塾高)
エスクデロ セルヒオ(20歳・浦和レッズユース)

赤字で示したのがレッズユース出身の選手。実に18人中6人がユース出身となったわけだ。彼らの他にも堤俊輔(21歳)、永田拓也(18歳)、大谷幸輝(19歳)、高橋峻希(18歳)のレッズユース出身者が現在トップチームに所属している。
また、他クラブに期限付き移籍中ではあるが、ザスパ草津の小池純輝(21歳)が第2節以来3試合連続で先発出場を記録、22日の第3節(横浜FC戦)ではついにプロ入り初ゴールを決めている。
他にはいずれも他クラブに所属中だが、こんな選手がいる。
鈴木慎吾(31歳・大分トリニータ):開幕から3試合を全時間出場中
千島 徹(27歳・愛媛FC):開幕から4試合ベンチ入りならず
大山俊輔(22歳・愛媛FC):開幕から4試合連続出場中
中村祐也(22歳・湘南ベルマーレ):第2節から3試合連続交代出場。25日の第4節(札幌戦)でプロ入り初ゴールを挙げる
西川優大(22歳・FC岐阜):第3節から2試合連続交代出場中
星野崇史(22歳・ザスパ草津):U-23チームに所属
武藤勝利(22歳・ザスパ草津):U-23チームに所属

そこで、とりあえず昨日ベンチ入りした6人について、このサイトでの初出記事を振り返ってみようと思う。


山田直輝

2004年2月11日の記事。山田直輝は当時中学1年(すなわち4月からの中学2年)である。


----岡本--長岡---- '14 長岡(アシスト:山崎)
--矢部--山田直-山崎-- '29 武南No.9
------三森------ '30 矢部→福島
高橋大-田中貴-渡辺--松本 '53 山田直→岸 ※岡本がMFに
------早舩------ '49 武南No.9

16 GK 早舩康太郎(2年)
15 DF 松本 昂大(2年)
21 DF 渡辺 登太(2年)
05 DF 田中 貴大(2年)
06 DF 高橋 大輝(2年)
19 MF 三森 翔(2年)
10 MF 山崎 家光(2年)
17 MF 矢部 雅明(2年) → 14 MF 福島 悠斗(2年)
25 MF 山田 直輝(1年) → 09 FW 岸 康太郎(1年)
20 FW 長岡 彬(2年)
04 FW 岡本 翔平(2年) 

恐らく2003年中にも中学1年の大会である「ナイキプレミアカップ04」の試合でも見ていると思うのだが、県大会のベスト8で敗退していることもあって個人識別はできていない。この試合にしても、チームとしての守備の不安定さにばかり目が行っているようで、山田直輝自体の印象はあまりないようだ。
この年のチームは、上記の矢部雅明がトップ下の位置に入り、山田直輝は主に中盤の左サイドにいることが多かったように思う。後に武南高に進んだ、こちらもやはり小柄な岡田将知が山田直輝と交代で出ることも多かった気がする。このチームは中盤右サイドの山崎家光の縦の突破力が最大の武器であったように覚えているが、夏の全日本クラブユース選手権(アディダスカップ)、秋の全日本ユース選手権(高円宮杯)のいずれも関東予選で敗退と結果には恵まれなかった。FC浦和で全国制覇を果たした山田直輝らの代が全国レベルで結果を出すのは、彼らが中3になってからだ。


原口元気

「天才少年」と前評判が高かった原口のレッズJrユース加入を知ったのは前年の8月ぐらいだったように思う。実はこのサイト中での初出は2004年3月20日の「2004年度Jrユースメンバー」なのだが、これはメンバー表で名前が出てくるのみなので。初めてこの選手と認識して見たのが2004年5月4日のこの記事。この時点で原口は新中学1年生。



01 GK     11 MF利根川良太
02 MF石沢哲也 12 MF根本和毅
03 MF大里康朗 13 DF長谷川凌
04 FW加瀬 光 14 FW原口元気
05 ??加藤貴幸 15 FW葺本啓太
06 ??北見亮太 16 GK
07 MF斉藤 博 17 MF森田健介
08 FW渋谷将太 18 ??山崎大成
09 ??高瀬優孝 19 MF池西 希(追加登録だから一番最後)
10 DF高橋秀行

それとポジションはかなり流動的(まだ組織だって練習してない?)ので、位置はけっこう間違っているかもしれません。

---06??---18??---
--09??-05??-02??--
------19池西希-----
04??-13??-10??-17山崎大
------16??------
_
【得点】 '29 レイソル
【交代】 '31 19池西希→07??
【交代】 '31 09??→14原口
【交代】 '31 05??→11??(11番は右に張って、2番が7番とダブルボランチ)
【交代】 '31 18??→15??
【交代】 '31 06??→08??
【得点】 '32 11??
【得点】 '42 14原口(PK)

確かこの試合の原口はナショナルトレセンから帰ってきたばかり。試合途中から交代で投入されていた。当時は今のように左サイドに張るのではなく、トップ下からドリブルで突っかけることが多かったように覚えている。現在でも177cmと長身(ユース出身の割には)だが、この当時から身長はそこそこ高かった。このあと6月27日に「1st-第15節前座試合 FC東京U-15」で原口はサポーターの前に姿を見せるが、それ以後ほぼ1年にわたって試合会場から姿を消す。再び私の目の前に現れたのは翌2005年の5月5日「県クラ3次予選第2試合 ACアスミ」。この試合も永田拓也などの代表選出のために出番を得たという印象はあった。やがて徐々に出番を増やした原口は現在のように左サイドに張ってプレーするようになり、また違う印象を与える選手になっていった。


加藤順大

ちょうどレッズユースを見始めた年だ。旧サイトを運用していた時代。2001年の全日本クラブユース(U-18)選手権の関東予選(湘南ユース戦)が初出だと思う。加藤は当時高校2年。


全日本クラブユース関東大会 浦和 0-2 湘南

試合のほとんどは浦和が支配。4度ほどの決定期を決めていれば楽勝のゲームだった。
ここで敗れたことで、ヴィヴァイオ船橋に勝たねばならなくなった...。

40分(だよね、多分)×2

-----印出ーー小林陽----
-------角谷-------
---小林光----小助川---
-------秋葉-------
旗手---長岡--清水---稲垣
-------加藤-------

GK 01 加藤 順大
DF 02 稲垣 貴之
DF 03 清水 豊
DF 04 長岡 亮二
DF 05 旗手 真也
MF 06 秋葉 陽一
MF 07 小助川 慶大
MF 14 小林 光一 → MF 17 猪股 直也
MF 08 角谷 大輔
FW 11 小林 陽介
FW 10 印出 昌史 → FW 18 鈴木 崇也

※一部整形のため改編

この年のユースは、現レッズJrユース監督である名取篤氏のユース監督1年目のチーム。加藤と右サイドバックの稲垣、右ハーフの小助川の3人が高2で、あとは交代出場した猪俣も高2、鈴木が高1の他は高3。加藤以外では、小林陽介がトップ昇格後、横河武蔵野FCへ移籍、JFL時代のロッソ(ロアッソ)熊本を経て、現在は北信越1部リーグの松本山雅FCに所属。秋葉陽一は筑波大へ進み、J2横浜FCを経てJ2の水戸でもプレーしたが、昨年限りで引退した。旗手真也は阪南大を経て、現在はJFLのSAGAWA SHIGA FCでプレーしている。ボランチの秋葉とGK加藤を中心にディフェンスのしっかりとしたチームで、攻撃も左サイドバックの旗手や、トップ下の角谷の他、印出、小林陽介の2トップの活躍でそこそこ強いチームだった。夏のクラブユース選手権は7位決定戦(当時は関東から全国へ進むのは現在のように9チームではなく7チームだった)で全国へ進出したものの、予選グループリーグで敗退。国体では2年の加藤も含めて埼玉県少年代表に5名を輩出、坂庭泉監督のもとで11年ぶりの埼玉県優勝を果たしている。
冬のJユースカップでは2回戦で敗退するが、加藤が高3の翌年はクラブユース選手権を準優勝、高円宮杯はベスト8、Jユースカップではベスト4の成績を残している。


濱田水輝

濱田は高校から下部組織に加入したので比較的新しい。しかし記事的には7月17日(2006年)、プリンスリーグも終わるころの順位決定戦の記事である。ちなみに、当時は正式には「濱田」だということが分からずに「浜田」としている。


【ジェフユナイテッド市原千葉】
---------17朴②---------
---22??---02岩澤③--04金子③--
------05星野③--06市原②-----
08蓮沼③-----07加藤②-----13地頭薗③
------10小井戸②-11遠藤③-----
.
---------09鈴木竜③-------
---07蛯原③--24山田直①-25高橋峻①-
------10佐藤③--08金生谷③----
26永田①--28浜田①--15金子②--14丸山②
---------22大谷②--------
【浦和レッズ】
(45分ハーフ)
'32 千葉【警告】22??
'38 千葉【交代】07加藤②→14佐藤③
'40 浦和【得点】25高橋峻①(アシスト:24山田直①)1-0
'51 千葉【得点】11遠藤③ 1-1
'58 浦和【交代】07蛯原③→06広瀬祐③
'63 浦和【交代】25高橋峻①→18林②
'65 千葉【交代】??→21高橋②
'89 浦和【得点】09鈴木竜③ 2-1

この年のチームはセルヒオが1年前にトップチームに昇格して抜けた後ではあったが、それでも佐藤謙介や金生谷仁、鈴木竜基、蛯原弘貴といった下級生の頃から出場していた実力者が最高学年を迎え、そこに大谷幸輝や丸山和男、金子大樹といた実力のある2年生と山田直輝や高橋峻希などの全国二冠組の新入生を加えた強力なチームだったが、残念ながら夏の全日本クラブユース選手権の出場を逃し(9位決定戦で敗退)、プリンスリーグ関東においても残留を争うことになってしまった。ここには最上級生が必ずしもチームを引っ張れなかったというようなメンタル面での問題があったかも知れない(「育成」から「強化」へという方針転換の弊害もあったか)し、現象面では守備面の脆さがあったかも知れない。
不思議なもので濱田ら全国制覇年代が2年生になった翌年も、高円宮杯3位はともかく、全日本クラブユース選手権はベスト8、Jユースカップもベスト16と華々しい結果を残したとまでは言えない。その経験が翌年の高円宮杯優勝を呼び込んだのかも知れない。


西澤代志也

西澤も高校からの下部組織加入だから比較的新しい。2003年5月24日の記事。


試合のほうは前半のうちに2点を取っており、後半も流経大柏高にほとんどチャンスを与えず、2点を追加して勝った。
ユースの出場者(4-4-2):GK1古俣(西袋)-DF6橋本、4川鍋、25小尾、23堤-MF12峯岸、西澤、10田辺、8中村祐也(小池)-11鈴木崇(沢口)、9大山

プリンスリーグ関東の流通経済大柏高との試合。西澤は狭山Jrユースで元々FWをやっていたらしいのだが、私はこの試合で初めて右サイドにコンバートされたのを目にした。この年のプリンスリーグでは、レッズは最終的に9位となっている。また、この年の全日本クラブユース選手権では決勝でサンフレチェ広島と対戦、惜しくも破れてその前年に引き続いて準優勝に終わった。翌2004年は準決勝で広島と対戦、破れてベスト4に終わっている。この広島、2回の対戦には先日のナビスコカップでも対戦した佐藤昭大、森脇良太、髙柳一誠、高萩洋次郎、柏木陽介がいたのだから強いわけだ。


エスクデロ セルヒオ

初見は2003年。ジュニアユースの3年次に加入したから、この年のジュニアユースが最初。


Jrユースの方はセルヒオ・アリエス・エスクデロ(多分Jrとか2世とかつくんだろう)くんが多分警告累積による出場停止のため出られず、坂戸ディプロマッツに0-2で敗れた。

最初から強烈な印象のある選手だった。外見ばかりでなくプレースタイルも日本人離れ(当時は国籍も日本じゃなかったが)していた。彼は必ずしもチームプレーに向いたタイプではなかった。実際にこのときのチームも、このセルヒオを欠いた方がチームとしては機能していた(迫力はなくなったが)。セルヒオはこの翌年ユースに昇格し、さらにその翌年、トップチームと契約を果たした。だから下部組織での活躍は2年間しかない。2004年のクラブユース選手権は腰痛のため出場していないため、下部組織での主だった成績は、2004年のJユースカップのベスト4が一番か。2回戦勝利時インタビュー映像がJ's GOALにあることはよく知られていることだ。


ユースは1日にして成らず。ここへ来てユース出身選手がメンバーに名前を揃えたことにも歴史があるのだ。それは勝った広島のメンバーを見てもわかることだ。

まず私は基本的に変化を好んでいる。サッカーは常に改革されていなければいけないと考える。もちろん、そのお手本としてヨーロッパ(特に西ヨーロッパ諸国)の現在のやり方が理想的である、とは限らないわけだが。

先日書いた契約制度の変更、すなわち移籍金の撤廃については、クラブ側から反対意見が出ているらしい。

 10年からの導入が決定的な国内移籍の移籍金撤廃について、Jクラブから反対意見が噴出した。10日、J1実行委員会で議題として挙がったが、実行委員を務める各クラブの社長から10年導入を「見送るべき」との意見が続出。11年導入が既定路線だったこともあり「来年の導入を想定して選手と契約していない」と準備不足を理由に挙げた。FIFAルールに合わせる方向性に対しても「90年代後半のように年俸が高騰し、横浜Fのように経営が破たんする」と危惧(きぐ)する発言も出た。

 ただJリーグ羽生英之事務局長は「明日のJ2実行委員会でも同じ話をし、来週(17日)の理事会にかけたい」と10年導入を推し進める方針を示していた。

 [2009年3月11日8時38分 紙面から]

反対意見については、もちろん「移籍金制度を撤廃すべきではない」というものもあるだろうが、「10年の導入を見送るべき」というものも多いようだ。

2009年3月4日付けの日刊スポーツの記事を再び引けば、下記のような記載がある。

 これに伴い、選手は契約が切れる6カ月前から他クラブと交渉ができる。ほとんどの選手が翌年の1月31日まで契約を結んでいるため、今季限りで契約が切れる選手は、今年8月から移籍交渉が可能となる。

つまり、来年1月31日までに契約が切れる(大部分の)選手については、今年の8月1日以降は他クラブと来年2月1日以降の契約交渉が可能になるということになるわけだ。
それ以降は海外だろうが、今よりも高額の報酬を出すクラブだろうが、どこへでも"移籍金ゼロ"で来シーズンにはいなくなってしまう。
それを防ぐためには、今年の7月31日までに来年1月31日以降に終了する新しい契約を結ばなければならない。今後は常に、確保し続けたい選手については契約が切れる半年以上前に新しい契約を結ばなければならないわけだ。
ところが、今現在クラブが選手と結んでいる契約については、「移籍金撤廃」前の条件に従ったものになっている。
例えば、今は契約が切れても国内移籍ならば移籍金が発生するので容易に移籍はできない。だから1年ずつ契約を更新している。しかし、これが新しい制度のもとで結ぶ契約ならば、どうしても確保したい選手についてはより長い契約期間を提示することになるだろう。現状はそうなっていないのだから、クラブが「10年実施」にしり込みするのは理解できる。
今年の年末に新制度を念頭に入れた契約を選手と結び、それから制度の運用が始まるという方がスムーズだし、混乱が少ないだろう。
もしも10年実施を強行するのならば、ひょっとしたら「空白の6か月」(東京読売巨人軍・江川卓の「空白の1日」をもじって)的な制度の穴を突いた移籍が発生するかもしれないのだから。

さて、本題に移ろう。

 日本サッカー協会は9日、東京都内で常務理事会を開き、Jリーグ将来構想委員会の委員長を務めるJチェアマンの鬼武健二副会長がJ各クラブの経営面にマイナスの影響を与えるとして、秋開幕、翌春閉幕の「秋春シーズン制」(秋春制)へは移行しないことを報告した。

 鬼武委員長は「Jリーグのクラブ経営を中心に考えた。(集客の多い)7、8月に試合がなくなると経営問題に発展する」と話した。移行を促してきた日本協会の犬飼基昭会長は報告を受けて再検討する可能性を示したが、事実上の結論が出たといえる。

 犬飼会長は昨年7月の就任当初から、欧州では一般的な秋春制導入を主張してきたが、試合会場の改修に巨額な設備投資が必要な上、積雪地域のクラブを中心に反対意見が根強く、Jリーグ側は移行に消極的だった。

(2009年3月9日21時27分 スポーツ報知)

犬飼JFA会長が秋春制のメリットとして挙げているのは、例えば10/06のコラム|犬飼会長の芝生で語ろう|JFA|日本サッカー協会を読む限りこんなところ。

  • 選手の酷暑対策
  • ファン・サポーターの熱中症のリスク対策
  • ゲリラ豪雨、落雷の危険性対策
  • 選手のパフォーマンス低下対策
  • 家庭を持つ選手は子供と余暇を過ごせる
  • 興行的メリット(プロ野球などメジャースポーツのシーズンオフでメディアの扱いが増える)
  • 海外移籍がスムーズになること
  • 若手の出場機会が増えること
  • 1~2月の国際Aマッチにシーズン中でコンディションがいい選手を送り込める

一方で同じコラムの中で課題として挙げられている物はこんな感じ。

  • 雪国のクラブチームにとっての冬の練習場確保
  • 観客に対する寒冷対策
  • 決算期や学校の年度の問題
  • 社会人リーグや学生リーグなどの環境面

高校や社会人、大学とのシーズンのズレも問題だが、やはり一番大きいのは「積雪」と「寒さ」だろう。ちょっとこれについて考えてみたい。
まずは気象データ。ソースはYasuko's Pageのサイトの都道府県別の日照時間と気象データのページから。サイトは個人で運営されているようであるし、データも2000年のものなので、参考程度に考えてほしい。

Jリーグクラブのある都道府県別気象データ(2000年)
都道府県
(都市)
0cm以上積雪する月 10cm以上積雪する月 平均気温が5度
以下になる月
10日以上 1か月全て 10日以上 1か月全て
北海道(札幌市) 4、11月 1~3、12月 4、11月 1~3、12月 1~3、11、12月
宮城県(仙台市) 2、12月       1~3、12月
山形県(山形市) 1~3、12月   2月   1~3、12月
茨城県(水戸市)         1、2月
栃木県(宇都宮市)         1、2、12月
群馬県(前橋市)         2月
埼玉県(熊谷市)         2月
千葉県(千葉市)          
東京都(23区)          
神奈川県(横浜市)          
新潟県(新潟市) 2、12月       1、2月
富山県(富山市) 1~3月   2月   1、2月
山梨県(甲府市)         1、2月
岐阜県(岐阜市)         2月
静岡県(静岡市)          
愛知県(名古屋市)         2月
京都府(京都市)         2月
大阪府(大阪市)         2月
兵庫県(神戸市)         2月
岡山県(岡山市)         2月
広島県(広島市)         2月
徳島県(徳島市)          
愛媛県(松山市)          
福岡県(福岡市)          
佐賀県(佐賀市)         2月
熊本県(熊本市)          
大分県(大分市)          

こうして見ると、札幌はさすがにすごい。ほぼ12月から翌年3月まで10cm以上の積雪に閉ざされていることになる。それどころか11月や4月でさえ10日以上雪が積もっているほどだ。しかし、全体的に見れば12月~2月が「積雪」、「寒さ」の部分で試合開催が無理な時期と最大公約数的には言えるのではないだろうか。

そういう前提で実際に日程を作ってみた。例として2008年8月2日(土)に開幕、2009年5月30日(土)に最終節を迎える設定にしてみる。とりあえずJ1だけ。J2については現実と同様にナビスコカップの試合がある水曜日などの開催が増えることになる。

2008/07/26   Fuji Zerox Cup
2008/08/02-03 第1節
2008/08/09-10 第2節
2008/08/16-17 第3節
2008/08/23-24 第4節
2008/08/30-31 第5節
2008/09/03   ナビスコカップ予選第1節(水曜開催)
2008/09/07   ナビスコカップ予選第2節
2008/09/13-14 第6節
2008/09/20   第7節
2008/09/23   第8節(祝日開催)
2008/09/27-28 第9節
2008/10/04-05 第10節
2008/10/08   ナビスコカップ予選第3節(水曜開催)
2008/10/12   ナビスコカップ予選第4節
2008/10/18-19 第11節
2008/10/22   ナビスコカップ予選第5節(水曜開催)
2008/10/25-26 第12節
2008/10/29   天皇杯4回戦(水曜開催)
2008/11/01-02 第13節
2008/11/05   ナビスコカップ予選第6節(水曜開催)
2008/11/08-09 第14節
2008/11/12   ナビスコカップ予選第7節(水曜開催)
2008/11/15-16 第15節
2008/11/22-23 第16節
2008/11/26   天皇杯5回戦(水曜開催)
2008/11/29-30 第17節
2008/12/05-07 第18節
2008/12/13-14 第19節
2008/12/20   天皇杯準々決勝
2008/12/23   第19節(CWCに出場するチーム)
2008/12/26   天皇杯準々決勝(CWCに出場するチーム)
2008/12/29   天皇杯準決勝
2009/01/01   天皇杯決勝
2009/02/28-01 第20節
2009/03/07-08 第21節
2009/03/14-15 第22節
2009/03/21-22 第23節
2009/03/25   ナビスコカップ準々決勝(水曜開催)
2009/03/29   ナビスコカップ準決勝
2009/04/04-05 第24節
2009/04/11-12 第25節
2009/04/18-19 第26節
2009/04/25-26 第27節
2009/04/29   第28節(祝日開催)
2009/05/02   第29節
2009/05/05   第30節(祝日開催)
2009/05/09-10 第31節
2009/05/13   第32節(水曜開催)
2009/05/16   ナビスコカップ決勝
2009/05/23-24 第33節
2009/05/30   第34節
2009/06/20   J1・J2入替戦第1節
2009/06/27   J1・J2入替戦第2節

日程は一応エクセルファイルにまとめてみた。akiharu.xls
インターナショナルマッチデーについては、International Match Calendar 2008-2014(PDFファイル)を参考にした。

今のJリーグの日程には、例えば5月24日(J1第13節)から6月20日(J1第14節)までのように、毎年およそ1カ月間の中断期間がある。これは日本代表チームの活動などの関係で設けられているのだが、この中断期間を利用して2か月のオフ期間を作り出したわけだ。だからリーグ戦のウィンターブレークそのものは、J1・J2入替戦やゼロックスカップも含めたレギュラーシーズンの日程の中に納まっている。天皇杯の4回戦と5回戦については、そのあおりで水曜開催になってしまっている。
日程的には6月、7月をシーズンオフとしているが、7月はシーズン前の準備があるし、6月はワールドカップの年なら代表選手は全く休めないことになるので、できたら8月もオフにしたい。そのために2月も試合をやって8月をオフにした(オリンピックは8月開催だし)のが前述のエクセルファイルのパターンBだ。都道府県別気象データによると、1年でもっとも寒い月だからいささか問題があるが、2月中の3試合と3月のうちの何試合かは、雪国のクラブはアウェーを続けてもらって対応するしかないだろう。

さて、この場合の問題はシーズン中断期間である1月、2月(天皇杯に早い時期で敗退すれば12月も)の雪国のクラブの練習環境をどうするかだ。例えば、条件的には一番厳しいであろう北海道のコンサドーレ札幌は1月19日に始動、翌20日から2月9日まで21日間グアム合宿を行い、続いて2月12日から3月6日まで24日間熊本合宿をこなし、3月8日にホーム札幌ドームで開幕を迎えている。実に1ヶ月半合宿を行っているわけで、これはこれでコンサドーレにとっては大変な負担になってはいることだろうが、秋春制にして2月や3月に再開した場合でもやはり1か月程度の合宿は行わなければならないから、これは現状と変わらないことになる。問題は2月に再開するパターンBでは2月のシーズン再開後の練習を札幌では行えないことで、その点は負担増となってしまう(パターンAの場合は現状と同じ)。

こうして具体的に考えていけば、何が問題なのかはっきりわかってくる。私には3月再開のパターンAについてであれば特に問題はないように思える。

ちなみにヨーロッパ各国リーグの開催期間は以下の通り
スペイン 2008/8/30(2008/12/22~2009/1/2中断)~2009/5/31 38節
イギリス 2008/8/16(2008/12/31~2009/1/9中断)~2009/5/24 38節
イタリア 2008/8/31(2008/12/22~2009/1/9中断)~2009/5/31 38節
ドイツ  2008/8/15(2008/12/14~2009/1/29中断)~2009/5/23 34節

今朝の日刊スポーツに以下のような記事が出たようだ。

 来年度からJリーガーの国内移籍が完全自由化されることが3日、決定的となった。国内移籍の場合、現行ルールでは契約期間が満了しても元所属クラブに保有権が認められ、最大で年俸10倍分の移籍金が発生する。しかし新ルールは国際基準に従い、年齢に応じてJが設定した移籍係数が撤廃され、契約満了選手は移籍金が発生しない。移籍可能期間も夏と冬の各1カ月と、国際基準に合わせる。先月末にJ事務局が各クラブに10年度からのルール移行の趣旨を伝えた。

 これに伴い、選手は契約が切れる6カ月前から他クラブと交渉ができる。ほとんどの選手が翌年の1月31日まで契約を結んでいるため、今季限りで契約が切れる選手は、今年8月から移籍交渉が可能となる。Jクラブ関係者は「シーズン最中にライバルクラブとも交渉できる仕組みはおかしい」と話した。

 移籍活発化で選手間の競争がさらに激しくなることから、プレーの質向上につながる可能性が高い。努力した分、年俸も保証される。しかし主力以外の選手は年俸カットなどの可能性も出てくる。別の関係者は「年俸が上がる分、解雇される選手も出てくる。移籍自由化がいいものばかりではないと思う」と心配した。
 国内移籍自由化は、今月10日のJ実行委員会で各クラブの意見を募り、6月の理事会で承認される見込み。アジアを超え、世界を目指すJが、ようやくルール上も世界と同じ土俵に立つことになる。

[2009年3月4日7時13分 紙面から]

Jリーグ選手協会は以前からこの「移籍自由化」を主張してきた。例えば以下の記事。

 Jリーグ選手協会(藤田俊哉会長)は27日、都内で代表者会議を開き、国内移籍の際に生じる移籍金の撤廃をJリーグ側に再度働きかける方針を示した。FIFAは05年に移籍に関するルールを改正したが、日本では「選手は契約が切れる6カ月前から自由に他クラブと契約を結ぶことができる」という条項を和訳した際、"自由に"の部分が欠落。関係者は「その部分が加われば(移籍係数が発生する)30歳未満でも契約が切れる選手は移籍金なしで移籍できる」と話したが、Jリーグからは各クラブ、リーグで影響を調査中との理由で具体的な回答は得られなかったという。選手協会では今後、FIFAに改正の徹底を求めるほか、年度内に回答を得られない場合はFIFAやCAS(スポーツ仲裁裁判所)に訴える可能性もあるという。

[ 2008年10月28日 ]

これに伴って、これまでJリーグをめぐる風物詩的存在だった「11月30日のゼロ円提示」というものがなくなることになる。

それ以外ではどんなことが変わるだろうか?

選手の平均収入額は大きくは変わらない
これは各クラブが人件費として支出できる額が変わるわけではないから。ただし、過渡期には他の支出を切り詰めて人件費に充てるということもあるかもしれない。
個々の選手の収入の格差は広がる
違約金を支払ってまで移籍を望まれるような選手は、実際に移籍するにせよ、あるいは残留するにせよ、その度に条件が上がっていく。逆に、契約を更新してもらえずに下位クラブに拾われる選手は条件が下がってしまうだろう。実力主義というものだが、その格差は開くはずだ。
戦力は平均化されない
制度的には「移籍しやすくなる」仕組みと言える。とは言え、各クラブとも代表選手だとか、間違いなくレギュラーというような1線級の選手に対しては、容易に契約切れ移籍はさせないように、契約を延長するようにするだろう。移籍が盛んになるのは出場機会を得たい1.5線級や契約が更新されるかどうか分からない2線級の選手が中心だろう。1線級の選手の移籍には必然的に違約金が必要となるので、財政力のあるクラブでないと難しい。つまりそうしたクラブに1線級の選手は集まることになる。もっとも、1線級、1.5線級などの見極め方によっては、財政力のないクラブにも勝負のしようはある。
リーグ全体で見るとチーム力は底上げされる
ポジションを得たい1.5線級の選手の移籍が盛んになれば、各クラブのレギュラーポジションには当然制限があるので、現在2線級の選手を使っているクラブのポジションにも1.5線級の選手がある程度行き渡ることになる。もっとも、サイドバックなどそもそもの人数自体が少ないポジションもあるので絶対とは言えないが。
高卒選手の変化
既存の選手の契約は制度が変更になっても大部分はシーズンの切れ目で終了することになるだろう。なぜなら、選手にとってもチームにとっても、シーズンの途中で入れ替わるのは難しいことだからだ(例外は降格の危機にあるチームがシーズン終盤に獲得する選手で、これはチームに刺激を与えることが目的の一つだから)。するとある程度戦力の整ったチームは、既存選手の契約延長でも、他クラブの選手の獲得でも、シーズン終了の6か月前には翌シーズンの陣営の大部分を固めてしまうことになる。すると、高卒の選手はごく一部の限られた者を除いて、入り込む枠(人数的にも資金的にも)が小さくなってしまうかも知れない。現実にここ数年のうちで、高卒でいきなりレギュラーを獲得、チームに影響を与えるほど活躍しているのはアントラーズの内田篤人ぐらいだろう。高卒新人の存在感が小さくなる流れはさらに進むだろう。少なくとも、冬の選手権で活躍した選手が、その活躍で上位クラブへ加入というようなことは少なくなるのではないだろうか。ユース出身や大学卒の選手は高卒選手とは違って7~8月に昇格・入団交渉をしても問題は少ないだろうから翌年のチーム作りの中に入り込めるだろうけれども。
クラブ間の役割の固定化
現在のJリーグでは、中立的に見て戦力が整っていないクラブでも、シーズン初めには「優勝」、「上位」、「ACL出場圏内」というものを目標にしている。またそれが可能なのが現在の状況でもあるのだが、財政力がクラブ間の格差を広げていけば、財政力のないクラブにとってはシーズンを戦う難易度は上がるだろう。優秀な選手が育ち、活躍して、あるシーズンに躍進しても、その選手は引き抜かれ、また次のチャンスを狙わなければならない。いや、そうして選手を育てて売ること自体がそのクラブの財政力を支えることになる。いわゆる「プロヴィンチャ」クラブの誕生である。現在もそういう傾向はあるが、常に上位に入っているクラブと、数年おきに上位に絡んでくる年があるクラブに分化していくことだろう。
代理人の力が強くなる
これは契約交渉がシーズン中になるので当然である。「力が強くなる」というよりも「活躍の場が増える」と言うべきか。移籍が決まった場合、現在では移籍先クラブで発表、会見なども行われるが、シーズン中に次の契約が決まった場合には、移籍元、移籍先のいずれのクラブでも立場的に難しいので、代理人の事務所や、ホテルなどで発表、会見が行われるようになるかもしれない。
海外移籍が増える
相馬崇人のCSマリティモ(ポルトガル)への移籍や、小林大悟のスタバエクIF(ノルウェー)への移籍などを見ても、たとえある程度条件が悪くても海外クラブへの移籍を望む選手は少なくない(相馬や小林の条件が悪いかどうかはわからないが)。特にヨーロッパのクラブは選手の獲得、放出によって利益を得る仕組みになっているところも少なくないから、本人さえ望めば、契約満了6か月前以前の契約延長を拒否するだけで、ヨーロッパのクラブへの移籍が実現できる可能性は増える。必然的に海外移籍に挑戦する選手は増えるのではないだろうか。

日刊スポーツの記事では今年8月から移籍交渉が可能になるとしているが、実際には来年8月からではないだろうか?
というのも、今年の8月から認めてしまえば、今のJクラブは移籍させたくない選手の契約を守るために、今年の7月までに再度契約延長の交渉をしなければならないからである。
と、理屈では思うのだが、実際にどうなのかはよく分からない。

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