日刊スポーツに、「Viva!!football~夢はいとこで日本対アルゼンチン」という記事が載ったそうです。
元浦和レッズの“ピチ”オズワルド・エスクデロの息子であるダミアン・エスクデロと、やはり元レッズのオズバルドの弟セルヒオ(現埼玉栄高校サッカー部監督)の息子、セルヒオ・エスクデロの従兄弟同士で、それぞれアルゼンチン代表、日本代表として対戦しようという話です。
さて、このダミアン・エスクデロ、前述のリンク先にもあるように、アルゼンチンリーグのベレス・サルスフィエルドに所属しているわけですが、今年3月15日に行われたリベルタドーレス杯UNIVERSITARIO(ペルー)戦で2ゴールを上げて勝利に貢献しました。こちらは放浪者の日記 Soy un Vagabundoさんのダミアンについての記事。
ちなみに、ベレス・サルスフィエルドのオフィシャルにはこの試合の記事(A LO GRANDE, VÉLEZ SE METIÓ EN OCTAVOS 英訳:TO THE BIG THING, VÉLEZ ENTERED IN EIGHTH)と、どうやらダミアンへのインタビューと思われる記事(“FUE LA NOCHE SOÑADA” 英訳:“IT WAS THE DREAMT NIGHT”)があります。
あとダミアンの選手紹介(ESCUDERO, DAMIÁN ARIEL)*背番号は33となっていますが、試合の記事のほうでは23になっているように思えます。
後者によればダミアン・アリエル・エスクデロ(Damián Ariel ESCUDERO)は1987年4月20日にアルゼンチンのサンタフェ州ロサリオ市生まれ(ちなみにロサリオ市はウィキペディアのアルゼンチンの項によれば、人口約116万のアルゼンチン第3の都市です)で(セルヒオは1988年9月1日、スペインのグラナダ市生まれ)、身長176cm、体重74kg、利き足:左(セルヒオは身長171cm、体重71kg、利き足はたぶん右)。
公式戦デビューは2005年3月4日のNewell´s Old Boys戦とあります。
前述の日刊の記事では、ダミアンは今年デビューしたことになっていますが、これではセルヒオの2005年5月21日のアルビレックス新潟戦より早いような…。
ちなみにダミアンはこの試合の時点で国内リーグ戦2試合出場0ゴール、国際試合1試合出場2ゴールとなっています(セルヒオは昨シーズンリーグ戦5試合、ヤマザキナビスコカップ2試合の計7試合出場)。
そして前所属はベレスの下部組織とあります。
ちなみに月刊SOCCERZの2005年8月号には叔父オズバルドのインタビュー記事がありますが、そこには三菱サッカー部時代のオズバルドが、5歳の息子を日本の幼稚園に通わせていたとあります。
これはすなわち、1992年に5歳であったダミアンのことで、セルヒオだけでなくダミアンも1年だけですが、日本に住んでいたことになります。
セルヒオの日本国籍取得については、最近はどうも良くわからない(「世界ユース(ユースW杯)に出たい。日本、スペインのどちらでも」)みたいな記事もありましたが、彼が日本国籍を取れば、タイプ的にも恐らく年代代表には選ばれるでしょう。
まぁ将来的にA代表に選ばれるかどうかは別ですが。
ダミアンの方も、国がアルゼンチンであるだけに代表への選出はかなりの難事業でしょう。
2007年のカナダ・ワールドユース(1987年1月1日以降生まれに出場資格あり)ならば、既にU-19アルゼンチン代表に選ばれているそうですので大丈夫かもしれませんが。

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