2005年12月アーカイブ

この日の広島は、この冬一番ともいう寒気に襲われ、前夜から雪が降り積もっていました。
JRや新幹線にも遅れが出て、それでも動いている市電とアストラムラインで、市内からは人里離れた山奥にしか思えない広島ビックアーチへ向かいます。

雪のビックアーチ 除雪中 雪合戦に興じるボールボーイ

この日の第一試合は11時から開始する予定でしたが、ピッチは全面に20~30cmにもなろうかと言う雪が降り積もっており、関係者(サンフレッチェのユースの子?や地元のクラブの子供なども動員されていました)の懸命の努力で雪かきが急がれたものの、12時になっても試合は開始できず、帰りの時間を考えれば(悪いことに第1試合のサンフレッチェ広島、セレッソ大阪、第2試合の浦和レッズ、大分トリニータのうち、一番遠いのがレッズなのです)、広島駅-東京駅間を5時間、ビックアーチから広島駅まで1時間としても、夜22時くらいまでには着かないと、そこから地元まで帰れない子が出てくる、雪で遅れたりする分を1時間ぐらい見込むと逆算して16時くらいには会場を出ないと間に合わないわけで、ということはつまり13時までに第1試合が始められなかったら、第2試合は延期になるかもしれないと思いながら待っていました。

試合開始前の写真撮影何とか12時半に第1試合を始めることができ、この日に試合を消化することができたのは幸いでした。
翌日の19日から次の準決勝の前々日の25日まではU-14エリートプログラムの韓国遠征もあって、レッズの原口くんを始めとして、この日試合を行うはずの4チームから計4人が選ばれたりもしていたからです。

しかし気温は低く、雪は舞っており、もっと良いコンディションでやらせてあげたいなと思ったのもまた事実です。

【大分トリニータ】
---------21垂水③--------
12矢野③--05武本③--03片桐②--02渡邉③
------10小塩③--17三好②-----
---06森③---------07河野③--
------16岸田③--09柳③------
.
------09岸③---11武富③-----
---14原口②--10田仲③--07高橋峻③-
---------08山田直③-------
02池田③--03和田③--04菅井③--05森田②
---------01慶徳③--------
【浦和レッズ】
(40分ハーフ)
'31 大分【警告】02渡邉③
'40 浦和【交代】11武富③→12藤田③
'48 浦和【交代】05森田②→17大里②
'50 大分【交代】02渡邉③→04戸高③
'54 浦和【得点】07高橋峻③(アシスト:10田仲③)1-0
'56 大分【警告】04戸高③
'57 大分【交代】17三好②→11麻生③
'59 浦和【得点】12藤田③(アシスト:14原口②)2-0
'68 大分【得点】11麻生③ 2-1
'70 浦和【交代】14原口②→19葺本②
'71 浦和【得点】07高橋峻③ 3-1
'76 浦和【得点】09岸③(アシスト:08山田直③)4-1
'76 大分【交代】06森③→14阿南③
'79 浦和【得点】10田仲③(直接FK)5-1

前半の円陣レッズは前日延長後半まで100分間を闘った疲労が心配されましたが、前半から相手を圧倒します。
しかし公式記録(PDF)にあるように、前半のシュート数は9対4、押されながらもトリニータも健闘します。
特にトリニータ16番のFW岸田選手の飛び出しが厄介で、ディフェンスラインを上げきれません。

前半31分にはサイドから中央に切り込んだ高橋峻希くんがペナルティエリアで倒されてPKを得るものの、トリニータGKに止められ、またトリニータFWが抜け出してGKと1対1になったピンチには、前日も大活躍だった慶徳くんがシュートをワンハンドで防ぐなど、雪がちらついて集中を失いがちな環境でも両チームのGKは集中力を保ちます。大分GKがPKをストップ

しかし、そんな状況を変えたのは雪でした。

ハーフタイムを過ぎると、ピッチは緑から白に色を変え、緩いパスは普段より早く勢いを無くすようになります。地面も雪まみれで、一歩踏み出すのにも、止まるのにも普段よりも力がいるようになります。
そんな中でもレッズは変わらずにサッカーを続けられたのに対して、トリニータはボールキープで苦労し、パスが通らなくなり、一歩一歩が遅れ始めます。

後半の円陣圧巻だったのはレッズの先制点で、DFと3対1の局面でサイドから抜け出して中央に切れ込んでドリブルする原口くんが、中央を上がってきた田仲くんにパス、田仲くんはこれをワンタッチで岸くんにパス、岸くんはそれを2列目から飛び込んできた峻希くんにパスして、峻希くんがこれを決めて自身のPK失敗を挽回しました。
数的優位で相手DFもなかなか飛び込んでこれない状況、ピッチが悪くてただでさえパスが失敗しやすい状況で、自分で撃てと言いたい局面でしたが、そんな中で3本も4本もパスをつないでいるのを見ると、非難するよりも唖然とさせられてしまいます。
すぐ前にトリニータの選手が2本のパスをつなぐのにも苦労しているのを見ているだけに。

結局その後は、トリニータの選手がレッズ側のペナルティエリアに近づくことも後半28分の得点時以外はほとんどなく、レッズが後半良いようにボールを奪って、ボールを進め、ゴールキックを奪って(落下点に動くのが大変なんです)再びボールを進めと繰り返して5点を奪って大勝しました。

雪中の攻防 試合終了! 試合終了後に挨拶

1回戦レイソルの項で3年前の全日本少年サッカー大会の話を書きましたが、この日のトリニータには、柳選手などその全小決勝でFC浦和と戦ったFC中津の選手が3人おり、彼らとも久しぶりの邂逅となったのではないかと思います。

準決勝の対戦相手には、関東予選の5位決定戦を潜り抜け(木崎中とベルマーレに勝利)て全国へ駒を進めた狭山ジュニアユースが名古屋FC(グランパスとは別物)、パープルサンガを破って進んできており、27日の西が丘は埼玉県勢同士の対戦となりました。これが初めての(たぶん)全国ベスト4となる狭山Jrはクラブ史上2人目のJリーガー輩出(西澤代志也選手)と言うこともあって恐らく調子を上げてきていることが予想され、県大会では負けていないとは言っても油断できる相手ではありません。
そもそも今般のご時勢では、どこのJクラブにも所属していないいわゆる「街クラブ」が全国大会で上位まで進出してくることなどほとんど非常識と言っていいほどありえないことで、狭山Jrの躍進には感動めいたものすら覚えます。
とは言っても、清尾さんがコラムで書いていたように、アルディージャなら負けないだろうと思っていながら負けたトップチームやユース(クラブユース選手権決勝トーナメント1回戦)の轍を踏むわけには行きません。

27日、というのは仕事納めの前日で、正直非常に休みにくいんですが、両チームとも全ての実力を発揮して、良い勝負をして欲しい(そしてできればそれを見たい)ものです。

レイソルとはいつもシビアなゲームになります。

【柏レイソル】
---------16川浪②--------
02御牧③--18茨田②--07島川③--13酒井③
---------08仙石③--------
------06畑田③--22武富③-----
---09比嘉③--19工藤③--11山崎③--
.
------09岸③---11武富③-----
---14原口②--10田仲③--07高橋峻③-
---------08山田直③-------
02池田③--03和田③--04菅井③--05森田②
---------01慶徳③--------
【浦和レッズ】
(40分ハーフ)
'32 浦和【警告】08山田直③(通算1枚目)
'71 浦和【交代】09岸③→12藤田③
'71 木白【交代】13酒井③→20指宿③
'89 浦和【交代】11武富③→19葺本②
'93 浦和【得点】19葺本②(アシスト:07高橋峻③)1-0
'93 木白【得点】20指宿③ 1-1
'97 浦和【交代】14原口②→17大里②
.
(PK戦)
┌──┬───┬───┬───┬───┬───┐
│  │07高橋│10田仲│02池田│08山田│05森田│
├──┼───┼───┼───┼───┼───┤
│浦和│ ○ │ × │ × │ ○ │ ○ │
├──┼───┼───┼───┼───┼───┤
│柏 │ × │ × │ × │ ○ │ - │
├──┼───┼───┼───┼───┼───┤
│  │09比嘉│20指宿│11山崎│19工藤│   │
└──┴───┴───┴───┴───┴───┘

広島ビックアーチ高円宮杯日本ユース選手権の決勝トーナメント1回戦は、小雪舞う広島ビックアーチで行われました。
対戦相手は柏レイソル。練習試合、公式戦と数多くこなしてお互いに相手の長所も短所も知り尽くした相手で、それだけに試合は膠着して紙一重の争いになります。

とは言え、前半15分過ぎから後半15分ぐらいまでは明らかにレイソルのゲーム。
ボール支配率を計算したらきっと55~60%くらいにもなりそうな形でハーフライン前後からレッズ側サイドでゲームを進めました。
しかし、公式記録(PDF)を見る限りでは、前後半の計80分を通じて、レイソルのシュートは2本しか記録されていません(レッズは7本)。
これは記録員の数え方という問題もあるかもしれませんが、我々の隣で教え子達に「見ろ、サイドバックがあんなに高い位置にいるんだぞ。どうしてあんな位置を維持できるのか、しっかり見ておくんだ。」とレイソルのプレーを絶賛していた恐らく地元の少年団か何かの指導者たちがいみじくも語っていた通り、「ボールキープって言う種目があったらレイソルは優勝ですよね。」「でもそんな種目はないからねー。」という言葉に集約できるのではないかと思います。

レイソルはゴール前にボールを運ぶやり方には何十通りも選択肢を持っているのに、実際にシュートを撃つ段になると、個人に強引に行かせるしかなくなってしまって、レッズが前進を抑え気味にしていたサイドの池田くんと中の菅井くん、和田くんに潰されるということを繰り返していました。

PKでの決着というのは、実は3回目になります。

2005年12月17日 高円宮杯第17回全日本ユース(U-15)サッカー選手権決勝トーナメント1回戦
柏レイソルU-15 1-1(PK1-3) 浦和レッズJrユース
2005年08月18日 第20回日本クラブユースサッカー選手権(U-15)決勝トーナメント1回戦
浦和レッズJrユース 2-2(PK4-2) 柏レイソルU-15

この2つの(よく知られた)試合の以前に、

2002年08月02日 第26回全日本少年サッカー大会準決勝
柏レイソルU-12 0-0(PK2-4) FC浦和

実に3年前にもPK戦で勝負がついています。
もちろんFC浦和はそのまま今の浦和レッズJrユースではありません(当時FC浦和の武富選手などは今はレイソルにいます)が、この試合にも出場していた比嘉選手や仙石選手と言った面々は、田仲くんや山田直輝くんのいるチームに実に3度までも栄冠の座を阻まれているのです。

ですが、この3度目の機会で、優勢に進めていたレイソルからは「絶対にリベンジする」と言った種類の気合は残念ながらあまり感じられませんでした。
レッズは、システムや決まりごとなど、どちらかといえばオーソドックスなスタイルを取っています。
レイソルのようには恐らく「指導者受け」はしないかもしれません。が、「勝ちたい」という気持ちが素直にプレーに出るやり方を取っているのではないかと思います。

レッズゴール前の攻防その差が、結局のところこの日の勝敗を分けるポイントになったのではないか、そんな風に思うのです。
クラブユースというものの存在意義として、プロの技術を持った選手を育てるというものがあり、その目的のためには勝敗にこだわりすぎるべきではないという考え方もあります。
しかし、どんなに技術を持っていても、ハートを表現する術を持たない選手は、観客を驚かすことはできても、サポーターに共感を与えることはないのではないかとも思うのです。

後半15分過ぎには、衰えを見せ始めたレイソルの選手の運動量とは対照的に、延長戦で足が攣るまで力を発揮できたレッズの選手のメンタルの強さは、最近の若い指導者にありがちなテクニック・システム信仰からは生まれてこないのではないか(もちろんこの学年のレッズのそれは、レッズの指導者だけが育てたわけでなく、FC浦和時代から培われたものであるのは間違いありませんが)、そんな風にも思いました。

前後半通じて両チームとも決定的といえるようなチャンスはお互いになかったのですが、延長前半にまずはレッズがレイソルディフェンスラインを突破して山田直輝くんが撃ったシュートがサイドネットを直撃したシーンの後、だいぶ押し込まれるようになっていたレイソルがDF裏にロングパスを出し、そこへ走りこんだ比嘉選手がGKと1対1で撃ったシュートが枠を外したシーンが続き、延長後半には高橋峻希くんの右サイドの崩しから中の藤田くんのシュートがGK正面をついたシーンがあって、延長後半3分、中盤でボールを受けた藤田くんからとっさにディフェンダーの間に走りこんだ高橋峻希くんに狭い地域を抜ける縦パスが通り、さらに後ろから飛び出した葺本くんに峻希くんがレイソルDFの足許を抜く横パスが通り、ついにレッズが先制します。
しかし直後のキックオフからボールをあれよあれよとつながれてGKと1対1を決められたあたりは、夏のクラブユース選手権のリプレーを見ているかのようでした。

試合後に挨拶!同点のまま終了して迎えたPK戦では、PKは止めたことがないと言っていたらしい慶徳くんが1人目から3人連続でストップし、レッズは峻希くんが決めたあと田仲くんはバーに当て、延長後半には足を攣らせていた池田くんがGKに止められますが、1-0で迎えた4人目を山田直輝くんがきっちり決め、5人目の森田くんが勝負を決めるシュートを成功させました。

3年前の全小ではレイソルにPK勝ちして決勝へ進んで優勝、夏のクラブユースではレイソルにPK勝ちしたあと、やはり決勝まで進んで優勝を果たしています。
決勝はレッズサポが待つ(と思われる)国立です。
この日の親御さんまで合わせても6~7名の応援団でしたが、ここを勝ち抜いてこそ、栄光を掴むことができるのです。

吉田サッカー場への道

前日に愛媛泊まりだったため、朝広島へ移動します。
ホテルからまだ夜も明けないうちに大手町駅へ移動、電車に乗って高浜駅、そして連絡バスでフェリーターミナルまで行きます。
ここから出るのはスーパージェット「宮島」というウォータージェット式の双胴船形の高速船です(普通のフェリーも出てますが)。
昔の駆逐艦並みの32ノット(航海速力。最高速力は実に36ノット)も出るんですね、まぁ私は半分以上寝ていましたが。
190トンと、小さな船なのですが止まっていない時はほとんど揺れませんでした。

さて、宇品港からは路面電車に乗って広島駅へ、そこから芸備線に乗って向原駅へ行きます。この芸備線がおよそ1時間、そこからタクシーで吉田サッカー場へ行き、松山のホテルを朝6時に出て、都合4時間半ほどの旅で吉田サッカー場へは10時半頃に着きました。

正直早く着きすぎたな、と思ったわけですが(笑)

暇なので色々見てみます。
まず、向原駅のすぐ北に分水嶺があったのですが、それによってつまりその分水嶺よりも北のこの吉田サッカー場のあたりは、気象的には中国地方の瀬戸内海側ではなくて、日本海側ということになります。
事実サッカー場のすぐ裏手の谷には、日本海側へ注ぐ江の川の支流が流れています。

ご近所には毛利元就の居城である郡山城の跡があります。
毛利氏といえば広島城ですが、そちらは毛利氏が大勢力になってから、元就の孫の代に築いたもので、元就の頃はこの郡山城とその周辺を領する小勢力に過ぎませんでした。
毛利氏が山陰の尼子氏と激しく争ったのも、我々が思う以上にこの土地が山陰に近いということがあるのかも知れません。

到着した頃には風もなく、日差しも少しはあったのでそんなにきつくはありませんでしたが、残雪というよりは現役でそこら中に積もっている雪が寒冷感を否が応でも増しています。

天然芝のメイングランド吉田サッカー場はクラブハウスに天然芝のグランドが2面(余白の部分は大原よりも広い)、人工芝のグランドが1面、「三矢の里食堂」という食堂でできています。
人工芝のグランドはちょうどMINAMIサッカークラブと書いてありましたから、地元のクラブチームが練習に使っていて、こちらには照明設備がついているのですが、肝心の天然芝のグランドの方には見たところ照明設備はついていませんでした。
向原駅から乗ったタクシーの運ちゃん(吉田サッカー場へと言うと「今日は何があるの?」と逆に聞き返されて、関心はあるようでした)が話してくれたところによると、人工芝のほうは主にユースが使っていて、天然芝の方はプロが使うんだそうです。
人工芝のサブグランド学校の授業の後に、あの長くてキツクて急な坂(街燈とかはちゃんと付いてるんだろうか?)を自転車で登って練習に来るユースの練習場に照明が必要なのは自明のことですが、トップはなくてもいいのだろうかとサンフレッチェの練習スケジュールを見たところ、だいたい11時からの練習が多いみたいですね。
まあ確かにこんな寒いところで日が落ちてから練習をするのはぞっとしませんが。

クラブハウス一通り見てまわって、前述の「三矢の里食堂」で朝昼兼用で天ぷらうどんを食べていると、徐々にサンフレッチェのサポも集まってきます。
ちょっと話をしたところ、何でもプリンスリーグは人工芝での試合実施について規程があるから人工芝のピッチでできるんだけれども、サハラカップの方はそういう規程がないので、天然芝のピッチで開催せざるを得ないんだとか。
しかし、どんな理由であれ、プロの選手が使っている天然芝のピッチを使えるのはユースの子たちにとっても嬉しいんじゃないでしょうか?

サンフレッチェのユースの選手が三々五々自転車で到着して、レッズユースご一行がバスで到着し、知り合いのレッズサポが某小野監督の車で到着して、いつもの段幕が出る頃には、サンフレッチェサポの車で駐車場もそろそろ一杯になってきました。
サンフレッチェのトップチームは前日広島スタジアム(ビックアーチでない方)で天皇杯の試合(対エスパルス、0-3で敗退)だったということもあって試合を見に来たサポが多いのかとも思っていましたが、普段は(もっと暖かいので)もっと多いそうで、この辺にユース出身の選手が主力として活躍している身近さみたいなものがあるのかと実感しました(夏のJヴィレッジなんかだと、遠いだけにあまり来てないんですが)。
広島市内からの距離感で考えれば、恐らく熊谷あたりに練習場があるのに等しく、山の中で雪道装備が必要なことを考え合わせれば、秩父の山の中あたりに行くようなものだと思うからです(広島の人が埼玉の人よりも雪道に抵抗感がなかったとしても大変でしょう)。

Jユースサハラカップ決勝トーナメント1回戦 サンフレッチェ広島

Q:Jユースカップはもっと「育成の大会」ということにするべき?
「そうです。取り上げ方にしても、もっと個人へフォーカスしていいんじゃないでしょうか。できればクラブのなかで来年昇格できそう、あるいは昇格させたいと思っている選手は誰なのかってことを出していいと思うんです。これは日本人の悪いところだと思うんだけど、なかなかそういうことは言えないんですよね。もしその子が上がれなかったらどうしようとか思っちゃうんでしょうが、僕はそうじゃないと思う。期待しているものは期待しているんだと言ってしまっていいんじゃないでしょうか。その選手には普段の振る舞いでもプレーでも「見られている。注目されている」という認識をさせてあげた方がいい。そういうなかでやれる選手じゃなければ、プロでも通用しないですよ。」

こういう話があるので、レッズで個人を上げたとすれば、まず入ってくるであろう佐藤謙介くん、それに金生谷仁くんは学校行事や怪我でこの日欠場していました。

クラブユースである以上は、学年がいくつ違うとか、何年生が何人でてるとかいうのはあまり問題にならないわけですが、レッズはそもそもこのJユースカップから中心となっていた3年生が抜けて新チームとして活動し始めたばかりで、そもそもチームとしての成熟度はまだまだ十分なものではありません。
そういう意味では2005年シーズンにほぼレギュラーとして出場していた彼ら2人は大きな存在でした。

しかし、だからといってレッズが無抵抗だったわけではありません。
冷凍されそうなほど寒いという、ホームに有利な環境があったとしてもです。

【サンフレッチェ広島】
---------16金山②--------  控え
14中山③--03槙野③--19横竹①--06遊佐② 01佐久間③ 05藤澤②
------08福本③--07柏木③-----  04田中②  23篠原①
---------13保手濱②-------  24佐藤①  25内田①
---11木原③--27中野①--10平繁②--  12野田②
.
-----12蛯原②--09鈴木竜②-----   控え
---17矢部①--06高垣①--13田中②--   22大谷① 15池西祐①
---------18三森①--------   05小林② 11村松②
07高橋大①-03金子①--08丸山①--02一ノ瀬② 04川原② 19林①
---------01山田哲②-------   10広瀬祐②
【浦和レッズ】
(45分ハーフ)
'09 広島【得点】03槙野③ 0-1
'11 浦和【警告】17矢部①(累積1枚目)
'36 浦和【交代】06高垣①→10広瀬祐②
'54 浦和【交代】12蛯原②→19林①
'67 広島【交代】08福本③→12野田②
'68 浦和【交代】17矢部①→11村松②
'70 広島【得点】27中野① 0-2
'77 浦和【警告】07高橋大①(累積1枚目)
'89 広島【警告】27中野①
'89 広島【交代】27中野①→05藤澤②
'89 広島【交代】10平繁②→23篠原①

試合前に円陣試合開始9分、サンフレッチェのCKのシーンで、当然レッズはDFをマンツーマンで付かせているのですが、ゴール前の混戦の中で恐らく27番の中野選手がレッズの選手2人(自分に付いていた1人と別の選手に付いていたもう1人)を押さえて味方一人をフリーにし、コーナーから蹴られたボールがそのフリーになっていた3番槙野選手にぴったりと渡り、これを落ち着いて決められて先制されます。
ゴール前の駆け引きでやられた感じで、これはまったく経験の差が出たケースだと思います。

その後もサンフレッチェに押されながらの展開が続きますが、左からの蛯原くん、高橋大樹くんの突破、右からは田中宏育くんと一ノ瀬くんの突破で何回かチャンスは掴みます(まぁ中で跳ね返されるわけですが)。

最終的には公式記録によればシュート数でレッズ5本に対してサンフレッチェ16本、ゴールキックや直接FKの本数の差を見ても圧倒されたことが分かります。
しかし、間接FKをサンフレッチェが6本記録しているのは、レッズがオフサイドを取られた本数であって、鈴木竜基くんや蛯原くんが裏に抜け出してそこにボールを受けようとしたチャレンジの跡が窺えるかと思います。
ディフェンスもセットプレーによる失点の後は、後半25分に左から崩されて中で決められるまで、金子くんや山田哲くん、三森くんを中心に身体を張って懸命に失点を防ぎました。
後半23分に満を持して投入された村松くんが前を向いて勝負をする機会が1~2回しか与えられなかったのは残念でしたが、その他の交代選手もそれぞれ持ち味を発揮できたと思います。

サンフレッチェについては、8月にクラブユース選手権で対戦(予選グループリーグ第3戦 1-1で引き分け)した時のものはほとんど印象が残っていないのですが、そのときと比較すると強くなったなぁと言う人もいました。

試合終盤、相手ゴール前の攻防レッズはそういう中でも最後まで諦めずに攻撃を続け、特に最終盤は2点リードした相手が下がったこともあって、サンフレッチェを自陣に押し込めました。
今年のチームの最後のゲームではなく、来年のチームの最初の大会であるのにも関わらず、涙を流して悔しがる選手の姿もあり、このチームの今後に大きな期待が持てる内容でした。

来年このチームに加わる1年生は、ちょうど同時期に高円宮杯を戦っており、グループリーグ1位を巡ってこちらもサンフレッチェと激しく争っていて、1得点の差で2位にはなりました(最終戦7-0で勝ったのに10-1で抜かれるという派手なレースでした)が、決勝トーナメントへの進出を決めました。
決勝トーナメント初戦は夏のクラブユース選手権でも死闘を演じた柏レイソル、相手もリベンジに燃えていることでしょう。
会場は広島ビックアーチということで、来週もまた広島です。

松山へ行くのにはいくつか方法がありましたが、友人の何人かが早くから押さえていた東京-松山の長距離バスについてはとっくになくなっていましたので、他の方法を選ぶ必要がありました。
羽田-松山の航空便は見ているうちに席が無くなってしまって終了、松山市の隣の今治市に品川から出るバスがあった(松山までは電車で移動)のですが、試合前日の金曜日夜8時半に出なければならないのがネックでした(職場に着替えなど遠征道具を持って行かないといけない&遠征中の荷物も多くなる)。
そこで人から教えてもらったのが羽田から一旦大阪の伊丹に下りて、そこから松山へ乗り換える航空便の存在。
この方法は、まず飛行機を乗り継ぐわけですから、運賃が長距離バスと比べて1万円は高いことと、羽田を6時半に出る飛行機なので、浦和からは始発の京浜東北線に乗って行かないといけない、ということはつまり深夜3時に起きないといけないということで、寝坊したら一巻のおしまいというリスクがありました。

結局は悩んだ末に飛行機にしたのですが、金曜日は残業で遅くなったのでむしろ正解というべきでした。
寝坊対策には結局寝ないことにして、4時まで起きていてそのまま出発、無事にボーイング767で伊丹に到着、そこで眠い目をこすっていた私たちを待ち受けていたのはSAAB340B(サーブ340B)、36人乗りの中型ジェット機でした(客室乗務員の方も1人しか乗りません)。いや、思っていたほどは揺れなかったですよ。むしろ乗り心地が良いという人もいましたが、さすがに全行程で寝ていく気にはなりませんでした。

そんなこんなで松山に着いて、連絡バスで松山市駅へ移動、このおよそ30分ほどが一番楽だったでしょうか。風景も見ずに気持ちよく寝て行きます。

で、松山市駅で競技場へ行くバスを探すのですが、既に長蛇の列ができています。
慌てて最後尾に並ぶと、その後も列はどんどん長くなって行きます。
時間的には多少余裕はあったのですが、この列を見て、来たバスにすぐ乗り込みました。
バスの中は競技場へ向かう両チームのサポで一杯で、途中の停留所で乗り込もうとしたお年寄りの方などが乗れずに申し訳ないことをしました(一本来たバスを見送ったところで、駅にできていた列を考えれば、次のバスだって一杯になっているのは決まっているのです)。
競技場までは結構遠く、立っているのが辛くなってくる頃到着しました。

試合のほうはもうこれは、FWの実力の差ということに帰せられるのではないかと思います。シュート数ではレッズ5本に対してFC東京は13本を撃ちながら、試合結果は2-0なのですから。
GKの都築がスーパーセーブを連発したというよりも、そもそも枠を外していたシュートが多かった気がします。
まぁともかく、シュートを撃たれるところまでは行きながらも、正直あまり危なげな感じはありませんでした。

で、試合は終了、今度は競技場から市内まで帰らなくてはなりません。
ところがバスはやはり遅々として到着せず、私は徹夜+移動の疲れ+試合の疲れで立ったまま居眠りをする羽目になったものでした。

帰りのバスでは座れたのですが、やはりギュウギュウ詰めになった車内で、途中のバス停では何人もの地元の人に迷惑を掛け、また車中にもお年寄りなどがいるのにも関わらず、私は疲れのために席から動くどころか、目を開けることすらできませんでした。
まぁとにかく大変でした。いや、埼スタなんかでも、電車を使うともう電車なんて使うかっていうぐらい大変なんですけどね。

市内では、仲間たちと一緒に友人の大学時代の友達という地元の人の案内で飲みに出かけました。
新鮮な刺身、新潟で平気だったのでこちらでも試してみた地元のお酒、特に穴子の天ぷら?が絶品でした。

その後は友人たちと別れて、折角来たのだからと道後温泉の本館で温泉に浸かり、上がった時には既に路面電車もなかったのでタクシーで帰ってくることになりましたが、勝利後の気持ちのいい夜を満喫しました。
翌朝は広島へ渡るために少し早起きしなければなりません。
夜は静かに更けていきます。

札幌仙台山形鹿島水戸草津浦和大宮千葉
  │FC東京東京V川崎横浜FM横浜F横浜FC湘南甲府
新潟清水磐田名古屋京都G大阪C大阪神戸広島
徳島愛媛福岡鳥栖大分
凡例
選手名が赤色なのはユースからの昇格
選手名が青色なのは高校から獲得。
選手名が緑色なのは大学から獲得。
選手名が黒色なのはその他のクラブ出身(他クラブのユース含む)を表します。
(カッコ):退団、他チームへの移籍、他チームへの期限付き移籍などで現在所属していない選手。
西暦が水色になっているのは1999年から始まるJ2の所属年度(2部制開始以前のJ1/J2とは違います)、灰色なのはJリーグに所属していない年度であることを示します。
Team 2006
札幌
柳下正明
藤田征也
西大伍
Team 2006
仙台
未定
左山晋平
金子慎二
Team 2006
山形
樋口靖洋
鈴木雄太
李鍾民
坂井将吾
Team 2006
鹿島
未定
大道広幸
内田篤人
Team 2006
水戸
前田秀樹
大橋直矢
木村純哉
Team 2006
草津
植木繁晴
未定
Team 2006
浦和
ブッフバルト
堤俊輔
西澤代志也
小池純輝
坂本和哉
Team 2006
大宮
三浦俊也?
西村陽毅
Team 2006
千葉
(市原)
オシム?
川上典洋
加藤韻
熊谷智哉
Team 2006

石崎信弘
桐畑和繁
柳澤隼
Team 2006
FC東京
ガーロ
小沢竜己
池上礼一
徳永悠平
赤嶺真吾
Team 2006
東京V
(V川崎)
ラモス瑠偉
未定
Team 2006
川崎
関塚隆
木村祐志
鈴木達矢
杉山力裕
久木野聡
鄭大世
Team 2006
横浜FM
(横浜M)
岡田武史
秋元陽太
ハーフナー
・マイク
Team
(横浜F)
Team 2006
横浜FC
足達勇輔?
太田宏介
秋葉陽一
金澤大将
Team 2006
湘南
(平塚)
上田栄治?
浜崎陽平
Team 2006
甲府
大木武
松田勉
田森大己
Team 2006
新潟
鈴木淳
田中亜土夢
中野洋司
Team 2006
清水
長谷川健太?
武田洋平
藤本淳吾
矢島卓郎
Team 2006
磐田
山本昌邦?
森野徹
犬塚友輔
Team 2006
名古屋
フェルホーセン
青山隼
和田新吾
阿部翔平
片山奨典
竹内彬
Team 2006
京都
柱谷幸一
田村仁崇
登尾顕徳
Team 2006
G大阪
西野朗
伊藤博幹
植田龍仁朗
安田理大
横谷繁
岡本英也
平井将生
Team 2006
C大阪
小林伸二
柿谷曜一朗
中山昇
山下達也
有村直紀
堂柿龍一
森島康仁
小松塁
香川真司
Team 2006
神戸
バクスター
豊満貴之
石櫃洋祐
Team 2006
広島
小野剛
槙野智章
柏木陽介
橋内優也
Team 2006
徳島
(大塚)
田中真二
天羽良輔
Team 2006
愛媛FC
望月一仁?
未定
Team 2006
福岡
松田浩
多久島顕悟
安田忠臣
六反勇治
本田真吾
Team 2006
鳥栖
松本育夫
栫大嗣
衛藤裕
蒲原達也
浅井俊光
Team 2006
大分
シャムスカ
森重真人
市原大嗣
高橋大輔

12月の新潟はさすがに寒かったです。

リーグ終盤5節の結果
チーム 第30節 第31節 第32節 第33節 第34節
結果 順位 結果 順位 結果 順位 結果 順位 結果 順位
ガンバ大阪 ○2-1 1位 - ●1-2 1位 - ●0-1 1位 - ●1-2 2位 1 ○4-2 1位 -
浦和レッズ ●1-2 4位 7 ○4-1 4位 4 ●0-1 4位 4 ○1-0 3位 2 ○4-0 2位 1
鹿島アントラーズ △1-1 2位 3 △1-1 3位 2 ●0-2 3位 2 △2-2 4位 2 ○4-0 3位 1
ジェフ千葉 △2-2 5位 7 ●1-2 5位 7 ○1-0 5位 4 ○2-1 5位 2 ○2-1 4位 1
セレッソ大阪 ○1-0 3位 4 ○2-1 2位 1 △1-1 2位 0 △1-1 1位 - △2-2 5位 1

世紀の混戦は、結局のところガンバの自作自演といった感もありますが、ガンバ大阪の優勝に終わりました。
この最終戦を俯瞰して見ていた人には色々なドラマがあったのだろうと思いますが、現場にいる者としたら、結局のところ目の前の対戦相手に打ち勝つことしかなかったわけで、それは見事に達成されました。

昨年の2ndステージ優勝の際には、試合に負けて微妙な雰囲気の中、他会場の結果を知った一部の観客からタイミング外れの紙テープが投じられるなど、同じ観客の中でも意識の乖離が目立ちましたが、この日の新潟スタジアムでは、少なくとも私の見る範囲では、試合が終わって結果が放送されるまで喜ぶ者も悲しむ者もおらず、結果を囁く声も聞こえませんでした。

実際のところ、首位との勝ち点差2の3チーム中、レッズはもっとも得失点差で有利だった(4位アントラーズと6点、5位ジェフと11点差)わけで、ガンバやセレッソの終盤の失速具合を思えば、マスコミがそうであったように、もっと浮かれてもおかしくありませんでしたが、目の前の相手に皆が集中することができていたというのは素晴らしいことだと思います(あるいはただ単にiモードが通じなくなったから仕方なかったということかも知れませんがw)。

私はといえば、前半2-0で終了して、後半の頭を無事に乗り切ったあたりで内心まずは一安心していました。
得失点差を思えば、アントラーズやジェフはこの時点で実質的にノーチャンスなので、少なくとも抜かれる心配は無くなった、それ以上はその後のお楽しみということです。
正直ベンチの動きが気になるようになったのは、4点目が入った後でしょうか。

試合後に、まったく失望が無かったと言えば、それは嘘になります。
しかし、それを慰めてくれたのはこの日の試合内容でした。
無論うまく行かない時間帯もありましたが、概ね高い位置でボールを奪って左右のサイドを使い、相手にチャンスを与えませんでした。
もちろん相互の力関係というものがありますから、ただ単にうまく行ったということだけではしょうがないのですが、あるいは重圧なども感じる可能性が無いわけでもない展開の中で、これだけできたということがまずは良かったと思います。

対戦相手のアルビレックスは、反町監督が退任するということで気合が入っているのだろうと警戒もしていましたが、入っているのだとしても空回りしているのかと思わせる感じでした。

帰りは新潟スタジアムから新潟駅まで歩いて、おいしい日本酒と鍋を食べて帰りました。
結構飲んだと思うのですが、日本酒だと意外と後に残らないな、ということがわかったのがこの日のもうひとつの収穫でした(笑)

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