2004年9月アーカイブ

大原サッカー場ひどい雨の中でしたが、帰宅した後、行ってみました。
到着は18:30過ぎ、試合は泥沼のような状態のB面で行われたため、久しぶりにクラブハウスの反対側から金網越しに観戦しました。

------27横山---34大山------
18西澤------15千島------14平川
------22小林---24堤-------
---26南----20堀之内--25中川---
---------28加藤---------
          ↓後半
------27横山---15千島------
18西澤------34大山------12鈴木竜
------22小林---29金生谷-----
---26南----20堀之内--24堤----
---------21徳重---------
名前はユースの選手

本日の出場メンバーはこんな感じです。
中盤が全員高校生ということがあったことを考えれば、まだましな方でしょうか。
1年生の金生谷仁くん、鈴木竜基くんが出場しています。
対戦相手の筑波大では、前回と同じくユース出身の阿部聡太くんが出場していました(ボランチ)。
2年ぶりぐらいにサテライトチームへ出場した平川は、まぁ最近出てないということからでしょうが、後輩へのサービスもあったでしょうか。

ピッチは水たまりのようにとにかく元からピッチコンディションの悪いとこへ持ってきてこの雨ですから、ボールは転がらない、ドリブルはできない、ボールを蹴っても重くて飛ばないということで、あまりゲームとしては評価しづらいものであったと思います。

試合は後半15分ほどで中断、そのまま終了しました。
このあいだの日本代表vsインド代表の試合で、後半30分をや終えると試合成立(だったと思う)ということになっていましたが、今日のこの試合は無理やり実施したのに近いことを思えば、この試合の再試合とかはなさそうな気がします。
まぁもし、この試合は未成立として後日再試合ということになるのならば、直します。
ということで、下の出場記録については60分として出してみました(集計の都合上、60分フル出場も60分で交代=「▽60」と標記するようにしています。

教育リーグ出場記録(9/29時点)
1 2 3 4 5 6 7 8
5月26日 8月11日 9月29日 11月 不明 不明 不明 不明
大宮 筑波大 筑波大 群馬 大宮 群馬 流経大 流経大
合計 3 240 会場 埼玉2 駒場 大原
出場 時間 得点 1-1 3-2 2-1
5 室井市衛 1 45 0 ▽45
14 平川忠亮 1 45 0 ▽45
15 千島 徹 2 82 2 ▲22 1 ▽60 1
18 西村卓朗 1 90 0 移籍
20 堀之内聖 1 60 0 ▽60
21 徳重健太 3 150 0 ▽45 ▲15
22 小林宏之 2 150 0 ▽60
24 梅田直哉 1 45 0 ▽45 移籍
25 中川直樹 3 225 0 ▽45
26 南 祐三 3 240 0 ▽60
27 横山拓也 2 105 2 SUB ▽45 1 ▽60 1
28 加藤順大 2 90 0 SUB ▲45 ▽45
29 新井翔太 2 180 0
32 細貝 萌 2 135 0 ▽45
34 大山俊輔 3 218 0 ▽68 ▽60
TR 近藤徹志 1 45 0 ▽45
Y3 川嶋正之 1 45 0 ▲45
Y3 武藤勝利 1 90 0
Y2 小池純輝 1 45 0 ▲45
Y2 堤 俊輔 2 150 0 ▽60
Y2 西澤代志也 2 105 1 ▲45 1 ▽60
Y2 渡部竜二 2 135 1 ○ 1 ▲45
Y1 エスクデロ 1 90 0
Y1 金生谷仁 1 15 0 ▲15
Y1 鈴木竜基 1 15 0 ▲15

さいたま・岩槻合併によせて

さいたま・岩槻2市長 協定書に調印


 さいたま市と岩槻市の合併協定書調印式が24日、さいたま市内であり、相川宗一・さいたま市長と佐藤征治郎・岩槻市長が協定書に調印した。両市は9月議会で承認されれば、知事への合併申請、県議会での審議などを経て、来年4月1日の合併が実現する。

先日、さいたま市と岩槻市の間で合併協定書が調印されました。
旧北足立郡に属していた浦和市、大宮市、与野市からなるさいたま市と、旧南埼玉郡に属していた岩槻市の合併ということで、郡の違いというよりはむしろ鉄道路線の違いが大きいですが、異なる風土を持つ地域が合併することになります。

しかし、かつてこの地域が一つの勢力の下、自立していたことがあったのです。
その中心は岩付城(岩槻市)。※かつて岩槻は岩附、岩付などと記されたそうです。
その勢力の名は、岩槻太田氏。扇谷上杉氏の家臣です。

有名な太田道灌とその父道真の手により、応仁の乱に先立つこと10年の長禄元年(1457)に岩槻の地に城が築かれてから、太田系の最後の岩槻城主・太田氏資が上総で戦没する永禄10年(1567)までの6代110年をそれぞれの当主ごとにまとめてみました。

仙台に伊達政宗が、新潟に上杉謙信が、甲府に武田信玄が、名古屋?岐阜?に織田信長が、大阪に豊臣秀吉があるようには、この新しいさいたま市の象徴に岩槻太田氏がなることはないかも知れません(マイナー過ぎ)が、単なる一地方都市から一地域へ変貌を遂げようとするこの街(まぁ自治体の線引きが変わるだけですが)にとっては、歴史を改めて確認しておくのも悪いことではないと思います。

よく出る人名解説

太田氏:
清和源氏の末流。先祖の資国が丹波国太田郷(京都府亀岡市)に住んだことから、太田氏を名乗るようになりました。上杉氏に従って関東に移住、その家宰(執事)となります。武蔵移住後、武蔵国太田庄(熊谷市)の地頭職に補せられてから太田氏を称するようになったという説もあるそうです。太田道灌はこの家の出身です。名前に「資」の字が付くのが通例のようですね。

扇谷上杉氏:
上杉氏の一族で、相模国糟屋(相模原市)を本拠としています。後に岩槻城と共に道真・道灌父子が築いた河越城へ移りました。太田道灌はこの扇谷上杉家の家宰でした。

山内上杉家:
扇谷上杉家と同じ上杉一族。新田氏を抑えるために上野国(群馬県)守護に任じられていらい、上州とは関係が深く、本拠は平井城(藤岡市)でした。こちらの家宰は長尾氏です。
上杉家には山内(やまのうち)、扇谷(おおぎがやつ)の他に、犬懸(いぬかけ)、託間(たくま)という四つの系統があり(それぞれ鎌倉の屋敷の地名・山内、扇谷、犬懸谷、詫間谷に由来しています)、先祖の憲房が足利尊氏と行動を共にしたことから、山内が本家扱いとなっています。
上杉氏は関東管領足利氏の執事でしたが、足利氏が鎌倉公方を称するに伴い、上杉氏も関東管領を称するようになりました。
上杉謙信という戦国武将が有名ですが、彼はこの山内上杉氏の家宰長尾氏の一族で、山内上杉憲政より上杉の名跡を譲られて上杉と称するようになりました。

古河公方:
室町幕府の関東出先機関として置かれた鎌倉公方でしたが、第四代足利持氏の時に室町幕府の将軍職を巡って幕府と対立します(持氏の弟・義教が還俗して将軍職を継いだ)。これを諌めた関東管領上杉氏と対立、持氏は幕府に討伐されます。
その後持氏の三人の遺児を奉じて常陸の結城氏が挙兵、これは幕府軍によって鎮圧、遺児のうち長男、次男は殺害されますが、三男の永寿王丸だけが助けられます。
この永寿王丸が後の足利成氏となり、再び鎌倉府に君臨しますが、父と兄弟の仇である関東管領上杉憲忠を誅殺、再び幕府の討伐を受けることになり、関東管領上杉氏と対立、鎌倉を逃れて結城氏以来味方の多い古河に移り、古河公方を称すようになりました。
古河公方方と上杉方の勢力圏は利根川・太日川(雑に言うと利根川に荒川と入間川が合流した川。いまの中川?)を境にしていますので、岩付城、江戸城は最前線の城だったわけです。

太田氏略系図
       (江戸太田氏)
資長(道灌)┬-資康─-資高─-康資
      │               ┌-氏資─=氏房(北条氏政次男)
      │               │
      │           ┌-資時├-政景(梶原)【久保田→越前】
      │(岩槻太田氏)    │   │ 【越前】
      └=資忠─=資家─-資頼┴-資正┼-資武┬-資信─-資親─-資将
                      │   │
                      ├-景資└-正長【草津】
                      │【久保田?】
                      └-資忠(潮田)┬-資勝
                              │
                              └-資政【古河】
初代 太田資忠 ????-1479 図書助
資忠は道灌の弟、あるいは甥と言われていますが、確かなことはわかりません。道灌は彼の才幹を愛し、自らの養子にしたともいいます。彼自身は岩付城とは特に関係がないようですが、彼の死を悼んだ道灌が、甥に跡を継がせたため、彼が岩槻系太田氏の祖ということもできるのではないでしょうか。

文明3年(1471)、上野国館林・舞木城攻めで戦功を挙げ、将軍足利義政から御内書を与えられたのが史料上では初見とされていますが、この頃には既に道灌配下の一手の将として活動していることがわかります。
山内上杉家の家宰、長尾家の家督が嫡男の景春でなく、弟の景忠に与えられた事をきっかけにして、文明8年(1476)に長尾景春が幕府と対立する古河公方足利成氏に内通、鉢形城(大里郡寄居町)で豊島泰経、泰明兄弟などと語らって反乱を起こしたいわゆる長尾景春の乱の際、河越城(川越市)に資忠を初めとする松山衆を入れて守らせたそうですから、この頃資忠は松山城(東松山市)を与えられていたことがわかります。

扇谷上杉定正は足利成氏と和睦しますが、これで収まらないのは長尾景春で、千葉家宗家(千葉介)の座をめぐって幕府方の武蔵千葉氏・千葉自胤と対立していた古河公方方の千葉介孝胤とともにこの和議に反対、文明10年(1478)3月、羽生に陣を張ります。
豊島勢を追って小机城(横浜市)を攻めていた道灌は、資忠に一軍を与えて羽生に向かわせています。これに河越城の扇谷上杉定正の軍勢が加わって対陣しますが、千葉介孝胤、長尾景春は戦わずに引き揚げています。

本拠の鉢形城に籠った長尾景春が7月に開城、秩父に追放されると、12月には千葉介孝胤の追討が決まり(成氏が自らの和睦の意に背いた孝胤の討伐を認めました)、資忠は道灌、千葉自胤とともに下総に出陣、国府台(市川市)に城を築いて千葉介孝胤の軍勢と対陣します。
境根原(柏市)で両軍は激戦を繰り広げますが、孝胤方が敗れ、臼井城(佐倉市)へ退却します。
道灌は江戸に戻り、資忠と千葉自胤の軍勢が臼井城を包囲しますが、堅固な臼井城は容易に落ちず、数ヶ月膠着状態になります。
そこで道灌は千葉自胤に周辺の他の城を攻略することを指示し、自胤は庁南城(長生郡長南町)、真里谷城(木更津市)、海上城などの攻略に成功、資忠と合流します。
文明11年(1479)7月、長陣に飽いた資忠、自胤勢からは帰国するものが続出し、資忠は城を強攻しますが、資忠以下五十余名が討ち死に、自胤は武蔵へ帰国します。
資忠の遺体は臼井城下に丁重に葬られました。

二代 太田資家 ????-1522
資忠が討ち死にしてしまったため、道灌が別の甥を資忠の養子として跡を継がせました。 この資家が初代の岩付城主として知られています。 したがって、「岩槻」系太田氏としての初代はこの資家と言うべきかも知れません。

文明11年(1479)に資忠が討ち死にし、その後に資家が跡を継いでいるわけですが、その7年後の文明18年(1486)に道灌が、関東管領山内上杉顕定に唆された主君・扇谷上杉定正に相模糟屋の上杉邸で暗殺されます。
山内上杉氏と扇谷上杉氏は元々同族です(実は扇谷のほうが嫡流)が、当時山内のほうが歴代の関東管領を務めるなど、高い名声を誇っていたのを道灌の力によって脅かされたと顕定は感じていたのでしょうか。

これをきっかけに山内上杉氏と扇谷上杉氏の対立が始まり、道灌の子・資康は定正に背いて顕定についたのですが、資家は謀殺された道灌の霊を弔うため、道灌が構えていた陣屋(比企郡川島町)の跡に養竹院という寺院を建立、叔父の叔悦を初代住職に迎えています。

道灌暗殺の2年後の長享2年(1488)から山内上杉氏と扇谷上杉氏は数回合戦を繰り広げています。

長享2年(1488)2月、実蒔原(相模原市)の合戦:
山内上杉顕定が相模七沢城(相模原市)へ侵攻、救援に駆けつけた扇谷上杉定正との間で対戦、山内方敗走。

長享2年(1488)6月、須賀谷原(比企郡嵐山町)の合戦:
鉢形城侵攻のために兵を挙げた定正、朝良(定正の甥で養子)父子、古河公方足利政氏(成氏の子)、追放先から復帰した長尾景晴の連合軍と迎撃する顕定、憲房(顕定の養子)、太田資康(道灌の嫡子)が対戦、山内方敗走。

長享2年(1488)11月、高見原(比企郡小川町)の合戦:
定正、伊勢宗瑞(後の北条早雲)などの連合軍と顕定、越後の長尾為景(謙信の父)らが対戦、山内方が敗走。

明応3年(1494)10月、荒川の合戦:
定正と顕定が比企郡小川町から大里郡寄居町にかけての地域で対戦、定正は対陣中、落馬の傷が元で死亡、扇谷方は河越城へ退却、朝良が跡を継ぐものの、山内方は上戸(川越市)に陣を進め、足利政氏が加勢。

明応5年(1496)5月、柏原(狭山市)の合戦:
顕定、政氏の連合軍と朝良が対戦、扇谷方が敗走。

永正元年(1504)9月、立河原(日野市)の合戦:
顕定、長尾為景の連合軍と朝良、伊勢宗瑞、今川氏親の連合軍が対戦、朝良は河越へ、伊勢、今川軍は府中へ退却。

道灌の暗殺で臣下の信を失った扇谷方からは三浦氏などの大身の武将が離脱、残ったのはもっぱら中小領主の連合体だったそうですから、詳しくは伝わりませんが、これらの合戦の幾つかに資家も参加していたのではないでしょうか。

ちなみに、翌永正2年(1505)、扇谷上杉朝良は、山内上杉顕定にその本拠・河越城を囲まれます。朝良は江戸城に退隠することによって山内方と和睦(実質的な降伏)をし、ここに17年に及ぶ扇谷・山内両上杉家の対立は終結します。
明応4年(1495)に大森藤頼から小田原城を奪った伊勢宗瑞の勢力が無視できないものになっていたこともあるでしょう。

扇谷・山内の和睦により、太田資康も扇谷方に復帰します。しかし、扇谷上杉家の家宰は道灌暗殺の際に直接手を下したと言われる曾我兵庫が務めており、道灌が務めていた江戸城の城代も兵庫の子の祐重が務めていました(永正2年から朝良が居城)。
資康とその子資高は岩淵砦(北区)に置かれており、こちらの太田一族は復帰した後も冷遇されているようです。このことが後に扇谷方滅亡の種となることになります。

永正10年(1513)、資康は妻の実家の三浦氏を救援のため出陣して、伊勢宗瑞との合戦の中、命を落とします。
続く永正13年(1516)には三浦氏の新井城が陥落、三浦同寸・義意父子は自刃して滅亡、伊勢宗瑞が相模一国を手にします。2年後の永正15年(1518)には伊勢宗瑞が家督を子の氏綱に譲り、翌16年(1519)には伊勢宗瑞は亡くなっています。

そうして戦乱の中心が、山内・扇谷上杉氏、古河公方などから対北条氏に移り始めた永正年間(1504-1520)あたりに家督を子の資頼に譲って、大永2年(1522)に資家は亡くなりました。


三代 太田資頼 ????-1536 治楽斎 道可
資頼の代になると、否応なく北条氏(大永3年(1523)に宗瑞の子・氏綱により改姓)と対決しなければならなくなります。
資家が亡くなった2年後の大永4年(1524)、北条氏綱が品川へ進出、江戸から迎撃に出陣した扇谷上杉朝定の跡を継いだ甥の朝興と高輪原(品川区)で戦います。
資頼は、この際に朝興にしたがって高輪原へ出陣しています。
合戦は後北条方の勝利に終わり、朝興は江戸城へ退却、篭城しますが、ここで太田資高・康資父子が北条氏綱の誘いに乗って内応、朝興は河越へ敗走します。

後北条方へ落ちた江戸城には、後北条氏が入れた遠山氏、富永氏とともに資高・康資の一族が城代として入り、近辺を領して後北条氏に仕えました。

翌大永5年(1525)2月には岩付城にも北条氏綱の攻撃が及び、資頼の臣・渋江三郎の内応により城は陥落、資頼は石戸城(北本市)へ退却を余儀なくされます。
この後、山内上杉氏の助勢を受けた朝興は、小弓公方足利義明(足利政氏の次男で陸奥を放浪していたところを上総の武将・武田恕鑑が還俗させて小弓城(千葉市)に入れ、小弓御所と称した)、房総の里見氏と連携して後北条氏と対峙します。

大永5年(1525)3月上杉朝興、菖蒲城(南埼玉郡菖蒲町)へ来襲、同月北条氏綱葛西城(葛飾区)を攻略、8月朝興と氏綱、白子原(和光市)で合戦、後北条方敗走、大永6年(1526)6月朝興、蕨城(蕨市)を攻略、11月朝興、玉縄城(鎌倉市)へ来襲と、続きます。
資頼は朝興軍に従って、これらのいくつかには参加しているのではないでしょうか。

そして享禄3年(1530)1月朝興、武蔵世田谷、ついで江戸城下へ乱入、6月小沢原(川崎市多摩区)で朝興と氏綱の間で合戦があり、今度は上杉方が敗走します。
9月には資頼など朝興方が岩付城を攻撃、城方の渋江三郎を討って城を取り返しています。

その後も上杉方と北条方の小競り合いは続きますが、天文5年(1536)に資頼は亡くなります。跡は嫡男の資時が継ぎます。

四代 太田資時 ????-1546
資時は資頼の長子で、その跡を継ぎます。 高まる北条氏の圧力を感じてか、彼は密かに北条氏康と気脈を通じていました。

天文6年(1537)に上杉朝興が河越で没し、跡を13歳の朝定が継ぐと、これに乗じた氏綱は河越へ攻め寄せ、上杉方は三ツ木原(狭山市)で迎え撃ちますが、敗れて上杉方は松山城(比企郡吉見町)へ撤退、河越城は氏綱の手に落ちます。
天文15年(1546)、河越城奪回を目指す朝定は山内上杉憲政(顕定の4代あと)、古河公方足利晴氏(政氏の孫)などとともに河越城を巡って攻防戦を繰り広げますが、資時は北条氏に義理立てして出陣しなかったそうです。
しかしこの後資時は病没、跡は弟の資正が継ぐことになります。

五代 太田資正 1522-1591 三楽斎 道誉
こうして登場したのが太田資正です。三楽斎を略して三楽とも言われる資正は、岩槻太田氏の中ではもっとも著名(比較的…)な人物で、上杉謙信にも彼を評して「希代の名将」と言わしめた、生涯を「反北条」に捧げたような武将です。 兄資時が河越城への出陣を見合わせていたときもひとり出陣、結局は上杉方の敗北で終わり、朝定は戦没して扇谷上杉氏は滅亡、憲政は本拠の上州平井城(藤岡市)へ退却(天文21年(1552)に後北条氏の攻撃で退去、永禄元年(1558)頃越後へ逃亡)、両上杉氏の配下であった大石定久(滝山城・八王子市)、藤田重利(天神山城・秩父郡長瀞町)、上田朝直(松山城)、成田長泰(忍城・行田市)、上杉憲賢(深谷城・深谷市)などが相次いで北条方へ靡き、晴氏も嫡男藤氏を廃嫡し、氏綱の娘との子・義氏に跡を譲らざるを得なくなった(後に挙兵、敗れて幽閉の中没)戦乱(いわゆる河越の夜戦。ただし、夜戦ではなかったとか、そもそも合戦ではなく、複数の小戦の集合だったとかいろいろ説があるようです)の中に参加していたのです。

しかし、家督を継いだ後は兄資時の政策に従い、しばらくは雌伏の時を過ごします。
弘治2年(1556)4月には氏康の命に従い、親北条方の結城政勝(結城城・結城市)と対立する小田氏治(小田城・つくば市)を討伐する軍勢に、太田康資、遠山丹波守、富永三郎左衛門らの江戸城在番衆と共に軍監として出陣、小田城を落として氏治を土浦城(土浦市)に追っています(氏治は翌年小田城へ復帰)。

越後に逃れた上杉憲政ですが、山内上杉氏の家宰・長尾氏の一族である越後の長尾景虎(春日山城・上越市)を頼ります。
この長尾景虎が後に関東管領上杉家を相続して上杉政虎、出家して謙信と呼ばれるようになるわけですが、永禄三年(1560)、憲政や関東の諸将の要請を受けた謙信がはじめて三国峠を越え、関東に出陣します。
これを知るや資正は北条氏に叛いて上杉方につきます。
そして河越方面の抑えとして、寿能城(大宮市)を築き、子の潮田資忠に浦和・大宮周辺の領地を与え、ここを守らせます(潮田というのは資忠の母の姓で、その名跡を継いだとも、実は資忠は子ではなくて、太田氏の一部族が潮田常陸介という武将の養子になったという説もあるそうです)。
資正は上杉方の先鋒として、謙信(当時はまだ長尾景虎)とともに松山城(東松山市)を陥落させます。謙信は松山城を資正に任せ、資正は岩槻に匿っていた上杉憲勝(扇谷上杉朝良の兄)を松山に置いて城代とします。

資正は次男を梶原上野介の後家の養子として、梶原源太政景と名乗らせたといいますが、この後謙信が関東管領相続の儀式として鎌倉の鶴岡八幡宮に拝賀した際、由緒ある梶原姓の政景に太刀を持たせたという逸話も伝わっています。

謙信は武田信玄に本拠の越後を脅かされたため、間もなく帰国しますが、その後を追うように攻めてくる北条氏康の大軍を資正は松山城で防ぎます。
この時、資正は数多くの犬を飼っていて、それを松山と岩槻の間の連絡に使ったということで、史上初めて軍用犬を使った武将としても名前を残しています。

この頃の太田氏は本拠の岩付城を中心に、北は松山城、石戸城、西は寿能城、入間川を越えて今の川島町あたりまで影響下に治めていたようです。南は蕨城、さらには今の都電荒川線の梶原駅の近くに梶原政景の居館があったと言うことですから、そのあたりまでを勢力圏としていたことがわかります。

永禄五年(1562)には武田信玄と北条氏康の連合軍が松山城を攻撃、謙信が救援の軍を率いて石戸城まで迫りますが、城将の上杉憲勝は水の手を立たれたことと、後北条氏が和睦交渉を持ちかけたため、謙信の到着を待たずして開城、謙信は激怒して人質としていた憲勝の子を切り捨てたといいます。

翌永禄六年(1563)12月には、謙信は信玄の攻める倉賀野城(高崎市)救援のために再び出陣、冬季の出陣のために兵糧の確保に苦労し、資正や佐貫城(富津市)の里見義弘らが兵糧の調達を命ぜられ、市河津(市川市)で調達活動を行いますが、葛西城(葛飾区)の守備にあたっていた太田康資が資正に通じていたのが露見、資正の元に逃亡したこともあってこの動きを掴んで出陣した北条氏康、氏政父子の率いる二万の軍勢と国府台城(市川市)付近で合戦となり、八千の寡兵をもって序盤は優位に進めるものの、油断したところを側面を突かれて敗北、第二次国府台合戦として知られるこの戦闘に破れて退却しました。

資正は敗北の後、宇都宮城(宇都宮市)へ赴いている留守中に、嫡男氏資によって岩付城を奪われ、次男梶原政景とともに追放されます。
資正は北条氏康の娘を氏資の妻に迎えているのですが、資正は反北条を唱える弟の政景の方を愛していたとも言いますから、家督争いのようなものもあったのでしょうか?

資正は岩槻復帰を目指して常陸(茨城県)の佐竹義重を頼り、片野城(新治郡八郷町)を与えられ、客将として永禄12年(1569)、小田城の小田氏治らと戦い、真壁城(真壁郡真壁町)の真壁氏幹らの援軍を得てこれを破るなど佐竹氏の一翼として貢献します。
が、岩槻復帰は果たせないまま、天正18年(1590)の小田原の役の翌年、この片野で没します。享年は70歳でした。

資正とともに追放された梶原政景は小田氏治を破って手に入れた小田城に城代として置かれ、そのまま佐竹氏に仕えます。
天正12年(1584)には北条氏に内通したとして佐竹義重に攻撃されたりもしたようです。
時代が義重の子、義宣の代になり、関ヶ原の戦いの後、佐竹氏が秋田に転封となった際も従い、漫画家の岩明均氏によってモーニング新マグナム増刊に連載された「雪の峠」という作品中では梶原美濃として登場しています。
「雪の峠」は佐竹氏秋田転封の際のお家騒動「川井事件」を題材としていますが、この川井事件の後、佐竹氏を出奔、越前の結城秀康に仕え、大坂の陣にも参戦しています。

資正が片野城主となった後、前城主八代将監の娘で上曾源三郎の後家を妻として迎え、資武・景資の2子が生れます。

資武は父資正の家督を継ぎ、安房守と名乗っています。後に越前の結城秀康、子の松平忠直から始まる越前松平家に仕えます。大坂の陣にも参戦しています。

資武の次男、正長は幕府の命を受け、近江草津の関守として移住したそうです。
後に酒造りをはじめ、子孫は現在でも草津市で太田酒造という酒造会社を営んでおられるそうです。

景資は文禄4年(1595)に佐竹氏の命で武茂氏に代わって武茂城(那須郡馬頭町)に入封しますが、佐竹氏の秋田転封に景資も従い、武茂城は廃城となったそうです。
その後の景資については良くわかりません。そのまま久保田藩に仕えたのか、あるいは兄政景とともに出奔し、共に越前藩に仕えたのでしょうか?

六代 太田氏資 1543-1567
氏資は父資正が第二次国府台合戦に敗れた後、氏康の誘いに乗り、父資正と弟梶原政景を追放して岩付城主となります。 氏資は氏康の息女を妻として迎えていましたし、氏資という名前の氏の字は氏康の時と同じですから、一字を与えられるような密接な関係にあったのかもしれません。 しかし、国府台合戦から3年後の永禄10年(1567)、国府台合戦に続き南総里見氏を攻める北条氏政に従軍、三船山砦(君津市)に陣して里見氏の本拠、佐貫城を窺いますが、里見方の策に嵌り、障子谷に誘い込まれて身動きが取れなくなったところを急襲され、大敗を喫しました。氏資はこの際に北条軍の殿軍を務め、討ち死にします。

氏資の死後、氏政は氏資の娘小少将を次男の氏房の妻に迎え、太田氏を継がせます。
この後の太田氏は北条氏の一門衆として武蔵支配に貢献します。
このため、男子のない氏資をわざと討ち死にさせるために殿軍をさせたという謀略説もあるようです。
しかし、初めから里見氏の討伐戦を失敗させようとして始めるわけはありませんし、殿軍が失敗すれば氏政自身の身が危ないわけですから、ちょっと考えずらいですが。

岩槻の太田氏の名跡は、この氏房に継がれ、氏房は小田原の役の際、小田原城に篭城し、岩付城には城代・伊達与兵衛房実ら二千の兵をを置きましたが、浅野長吉率いる二万の軍勢の前にわずか1日で開城を余儀なくされます。
役後、氏房は高野山にはいり、その後文禄2年(1593)、秀吉の第二次朝鮮の役に従って肥前唐津にいましたが、その陣中で没したとのことです。(肥前寺沢氏に預けられたという説も)

潮田資忠は資正の追放後、氏資に従います。
小田原の役では嫡男資勝とともに小田原城に篭城、討ち死にしました。しかし、次男の資政は資武の庇護を受けた後、古河藩主土井利勝に仕え、古河藩家老として続いたといいます。

太田氏や潮田氏、そして北条氏などの家臣の一部は役後帰農し、この地の農民となります。
彼らなどが、利根川の東遷(利根川と荒川を分け、利根川を鬼怒川などと合流させて銚子で太平洋に注ぐように変え、荒川を入間川と合流させて江戸湾に注ぐようにした大河川工事)を初めとして、見沼の干拓、見沼代用水の開削、今も市内各所に残る、藤右衛門川、鴻沼排水路、伝右川などにより行われた湿地の干拓・新田の開発、現在は別所沼、白幡沼などの形で残る灌漑用の溜池の開発など、多くの労力をかけて、街道沿いの一握りの台地を除いては、川と氾濫原と湖沼と湿地が目立っていた、この比較的新しい土地を拓いたのです。

この先さいたま市、岩槻市の合併が進めば、地理的に見沼の存在は、これまで以上にクローズアップされそうな気がします。
今のような枯れた荒野(に見える)という感じでなく、室町の頃のような地理的なランドマークになったらいいですね。

参考資料(一部)
江戸城 埋もれた古城
河越城 埋もれた古城
岩槻城 埋もれた古城
武家家伝 太田氏
武家家伝 岩槻太田氏
武家家伝 扇谷上杉氏
太田氏の系譜と事歴
戦国武将・お
河越夜戦(3)
蕨の歴史
寿能城
見沼の歴史
稲付城址
白竜亭・利根川今昔
中川・綾瀬川の歴史
私説江戸城物語

さて、今回もトップチームの分は写真なし。

GK山岸、DF闘莉王、(内舘)、ネネ、MF暢久、酒井、啓太、アレックス、FW永井、エメ、達也というファンタジーサッカー用の予想は当たりました(ウッチーはMF登録なので、適当なDFで代用)。
メンバー紹介前に、どうやらアルパイが出れるらしいと聞いて、予想は外れたけど喜んでいたのですが…。

先にキャノピーブリッジに引っ込んで、コーチと何か話していたので、ひょっとしたら急遽ダメになったのかなと思っていましたが、メンバー紹介にレッズの分だけ時間がかかったときは、間抜けなことですが、理由が思い当たりませんでした。
横山が17人目だったんですね。
つまり、今の状態でもう1人欠場なんて事態があると、17人目には細貝選手や大山くんが入ってくる可能性があると(いや、普通に室井か小林が入ってくるでしょうが)。

しかし、試合が始まってみると、各選手の役割は思っていたものとまったく違いました。
正直暢久のトップ下とか、永井の右ウィングバック(つまり守備をやらせること)はどうかなぁと思っていましたが…。
今のチームのメンバーでは、永井がカギになるだろうと思っています。
つまり、彼にどれだけ高い位置でボールを渡せるかということで、それさえできれば彼は自分で局面を展開するでしょうから、まわりも楽になるし、何より今ほとんど唯一の(安定した)組み立て手段となっている、アレックスへのマークが減少する効果も見込めるだろうと。

山瀬がゴール前に飛び込む分が足りないのは、達也を使えば補填できるだろうとも思っていました。
つまり、3トップといっても、

--達也--エメ--
アレ------永井

こうした変則4トップチックな形を想定していたんですね。

ところが暢久がトップ下。永井はほとんど最終ラインの高さで、ほとんど前を向いた形ではボールをもらえません。
そのポジションで永井を使うなら、平川でいいだろうと一人で憤ってました。

そして早い時間帯で失点。
それでも負ける心配だけは不思議としてませんでしたが、前節に続きストレスのたまる試合展開にイライライライラ。
周りにいた方は大変ご迷惑をおかけしてスミマセン。

まぁしかし、結局得点したのはその不甲斐なかったはずの暢久と永井。不思議なものです。

セットプレーですから、まぁポジション云々はあまり関係ありませんが、ノーマークでフリーな状態でミドルシュート、これがDFの足とGKの手をかいくぐってネットに吸い込まれて同点。

後半は永井のポジションもだいぶ高くなり(そういう指示を受けたのか、啓太がカバーしてくれるようになったからか、DFラインを高くできたからか、相対する相手の左サイドがどう見ても器用そうには見えない中山に代わったからか)、だいぶうまく進められるようになります。

それでもニッカン式スコアに見られるほどの差があったとは思いませんでしたけど。

今回とりあえず勝てましたから、恐らくは次回も同様のやり方で望むでしょう。
ただし、

前節のF東京戦と今日の試合とでは、大きな変更というのはしていない。今日の相手のG大阪だが、G大阪はサイドに問題がある。浦和の攻撃時に、G大阪のサイドを狙えると。そこで、前節は三都主を起用したトップ下の位置に、今日は山田を配置した。その程度の変更だ。
相手のフォーメーションは4-2-3-1。今日の平川と山田の仕事は、基本は、アウトサイドの選手を抑えることにあった。そして可能性があれば、攻撃参加。攻撃参加については、平川、山田共に、何回かはそのシーンも生まれていた。一方で、やはり相手のカウンター攻撃も怖い。そこで今日は、エメルソンと永井、三都主が攻撃。プラス、そこに瞬間的に山田と平川、さらにもちろん、鈴木と長谷部と、そういうのが戦術だった。

上記のように上のG大阪については「サイドに問題がある。浦和の攻撃時に、G大阪のサイドを狙えると。」、下のFC東京については「アウトサイドの選手を抑えることにあった。そして可能性があれば、攻撃参加。」と表現が異なります。

つまり、サイドをきちんと使えて、きっちりとディフェンスをする必要があるチームの場合は、暢久、平川を、そうでないチームの場合は攻撃重視で永井、アレックスをそれぞれウイングバックに使うということになるのかもしれません(と、いうかアレックスはトップ下らしいんですが…)。
次節のジェフはそういう意味では「アウトサイドの選手を抑える」必要があるチームです(たぶん)。
それで果たしてどういう布陣で臨むか、それも1つの楽しみかもしれません。

いずれにしても、どうにもストレスのたまるような展開のこの試合で、勝ち点3をきちんと取れたことは大きかったと思います。
まずは残り10試合のうち、アントラーズ戦までの3試合(ジェフ、マリノス、アントラーズ)とナビスコの準決勝(グランパス)を何とかして勝ち抜くのが第1段階ですね。

埼玉スタジアム第3グラウンド雨の中高円宮杯県大会の決勝が行われました。
試合は10:00~11:20頃だったので、トップチームの試合の前に行って来ました。

------18岸----11福島------
---17岡田---10矢部---07山崎家--
---------08池西---------
14高橋大--06三森---03田中貴--12松本
---------01富居---------
(35分ハーフ)
'13 【得点】 17岡田 1-0
'26 【得点】 18岸 2-0
'34 【交代】 11福島→09岡本
'35 【交代】 17岡田→23高橋峻(07山崎家と左右入れ替え)
'39 【警告】 23高橋峻
'46 【交代】 10矢部→21山田直
'52 【交代】 09岸→11福島
'53 【得点】 23高橋峻 3-0
'55 【得点】 07山崎家 4-0
'61 【交代】 18岸→15高垣(21山田直と入れ替わりでトップ下へ、07山崎家がFW)
'67 【交代】 12松本→02廣瀬
'67 【交代】 03田中貴→04菅井
'69 【得点】 21山田直 5-0

今日の挨拶当番は三森キャプテンこの日のスタメンは準決勝までの3試合とはFW、右サイドバックの組み合わせが違うのみ。
雨でピッチコンディションの良くない中でしたが、決勝へ進出してくるチーム同士だけに、それほど環境に影響されないプレーを見せます。

試合が動いたのは13分、左から切れ込んだ岡田くんのミドルシュートがきれいに決まります。
決まるときはこんなものなんでしょうが、驚くほどあっけなく決まりました。
続いて26分には岸くんのシュートが恐らくDFに当たってと思いますが、ゴール。
早い時間に2点を先制したことで、レッズイレブンには余裕ができます。

雨の中ならば遠目からでも撃っていくのはセオリーですし、シュートはいずれも良いコースに撃てたのは間違いないですが、幸運な部分が多少なりともあったのは間違いないだろうとも思いました。
ゲームそのものはどちらが押し込んでというものではなかったですから。

53(後半18)分の高橋峻希くんのゴールはややシュータリング気味、55(後半20)分の家光くんのゴールは右サイド峻希くんのグラウンダーのクロスをFW2人がスルーして左サイドの家光くんの所へ届いたものでした。
最後はカウンター気味の展開から福島くんのパスを山田直樹くんが決めたものです。

こうして最終的には5-0という大差が付きましたが、相手の狭山Jrユースが悪かったという感じはしませんでした。
富居くんのファインセーブにより防いだ点もありましたし。

はためくレッズ・フラッグそういう意味では表彰式で決勝戦しか見に来ていない某協会長に酷評されるほど緊張感のない試合だったとは思いません。


理由があったとすれば、1つは既に関東大会出場権を得ており、そういうプレッシャーは感じずに試合に望めたこと、もう1つはピッチコンディションなどの影響もあるのかもしれませんが、レッズが得意な形で試合が進んだことでしょうか。

強豪チームである、大宮アルディージャや、クマガヤSCが早々に姿を消したこの大会ですが、組み合わせなどの運不運もありますし、関東へ進めなかったチームが弱かったチームではありません。
ただし、間違いなく言えるのはこれから関東大会へ進む両チームが、新たな貴重な経験を積む機会を得たということ。それだけに、この機会にできるだけ多くのものを掴んで、できれば両チームとも全国へ進めるように祈っています。

坪井、山瀬に引き続き、FC東京戦でボールを蹴った後に相手選手と接触した長谷部が右足第五趾(っていうのはつまり小指ってことですかね?)の骨折で離脱しました。
チームへの復帰は、10月末あたりでしょうか。

青字はA代表、U-18(高3)は進路決定時期で未定
トップ トップ&サテ サテ 負傷中 U-18 U-17 U-16
GK 01山岸
23都築
21徳重
28加藤
DF 04闘莉王
05室井
19内舘
20堀之内
33ネネ
22小林 25中川
26南
02坪井
03アルパイ
00川嶋 00野島 00金生谷
MF 06山田
07酒井
13鈴木
14平川
16三都主
15千島 32細貝
34大山
08山瀬
17長谷部
29新井
31中村
00武藤 00堤
00宇賀神
00西澤
00渡部
00エスクデロ
FW 09永井
10エメルソン
11田中
27横山 30岡野 00小池 00鈴木竜
15+3=18名
3+6+6+3=18名

今節を累積警告のため欠場したアルパイもアルビレックス戦で痛めた右ひざの状態が思わしくなく、次節ガンバ戦の出場も微妙とのことで、まったくアルビレックスも勝ち点3と引き換えに多くのものを奪っていってくれたものです。
上の表では特に書いていませんが、GK都築も負傷を抱えており、強いボールが蹴れないらしいとか。試合前の練習にもでてきていないのは皆さんご存知の通りです。

これだけの選手が欠けることは誰も予想していなかった(特にキーとなる山瀬、長谷部、啓太の中盤3枚のうちの2枚)でしょうが、チームはこの胸突き八丁を越えていかなければいけません。
ボランチについては酒井が満を持している状態ですからいいですが、前の方が問題です。

トップ下に暢久を置くという予想(GGRでも)がされていますが、それはうまく機能しないだろうと私は思っています。
と、いうのも、レッズの場合のそのポジションは、そこにボールを集めて、そこから展開しようというポジションではないという現状があるからです。
山瀬がどういうプレーをしていたかを見れば、そこは3人目のFWという色彩が強くなるのは当然で、2トップに加えて山瀬、アレックス(時に啓太も)などがゴール前に殺到することがこれまでの攻撃力を支えていました。

そうしたところで、暢久が山瀬と同じプレーができるかといえば、それは不可能で、却って暢久の特徴(ドリブルと守備力)を殺してしまうことになりかねません。
また、暢久の代わりに平川が右サイドに入るとすれば、FWに永井を入れた場合の組み合わせが不安です。
だからといって、FWをサイドに張らせるこれまでのスタイルを捨て、ウィングバックの左右からの攻撃と、トップ下からの2トップへの配球を攻撃の軸にするとすれば、かなりチームを弄らなければいけません。論理的にそれはありにくいのではないでしょうか?

従来のトップ下を生かした形をそのまま保つとすれば、選手のキャラクター的には前節久しぶりにベンチ入りを果たした千島でしょうか。
しかし、彼には山瀬にあるようなキープ力、守備力はなさそうです。
まぁ、MF2人を欠いているわけですから、彼に出番が回ってくるのもありえないことではないかも知れません。

しかし、やはり予想するならば、前節と同様、3トップを予想します。
前節、前半はともかく後半のアレックスのポジションが曖昧だったという評価もあるようですが、だとすればFWには達也を入れ、アレックスは左のウィングバックにするかもしれません。

それはともかく、17人のベンチ入り候補メンバーには、千島と横山あたりがまず間違いなく入ってくることでしょう。
先発メンバー次第(FWが全員先発する場合)では、横山がベンチ入りする可能性も高そうです。その一方で、前節と同様のメンバーが先発する場合、あるいは暢久のトップ下での先発ということがあるような場合は、中盤の控えが薄くなりますから、左サイドの控えとして小林、あるいは2種登録の大山(彼は左右両サイドでプレーできます)あたりがベンチ入りする可能性もないとはいえません。

いずれにしても、これまでトップでの出場を果たせなかった者にとっては大きなチャンスです。
チームとしても、それらの新しい力がこれから必要となります。
次のガンバ戦は、そういう意味でも今後の試金石となりそうです。

3トップを取るだろうという予想は一応当たりましたが、アレックスをトップに使ってきたのは考えてませんでした。
おもえば彼はロングボールをきちんと受けることができ、永井とともに左右に置くことで、サイドチェンジなども含めて、バランスがいいんですね。

この試合、アレックスは左サイドに開いて何度かボールを受けているのですが、一方の永井は中にいて、暢久が右サイドを上がるような形となり、うまく行きません。
自然と中央を強引に持っていく攻撃が多くなり、こうなれば引いて守るFC東京のディフェンスラインに引っかかります。
また、暢久や平川が上がっているところを突かれれば、たちまちピンチになります。

後半は、指示を受けたのか永井も右サイドに張りますが、今度はそこにボールが出ません。
ボールがでるようになったのは、ちょうど内舘に代えて達也が投入された後半30分前後。
すると幾度となくチャンスを作ることができました。

このことを思えば、今日の敗戦はまさしく自滅といって差し支えないだろうと思います。

山瀬が怪我をしなければ、前回と同じやり方で、同じような結果を出せたかもしれません。
そう思えば、これも怪我のせいではあるのですが、仮に今回そうして結果を出していたとしても、いつかは今回感じたような問題を別の機会に目にしていたかもしれません。
と、すればこの敗戦もまったく無駄なことだけではない、そんな気もします。
もちろんそれは次の試合できちんと課題を生かせればということですが。

埼玉スタジアム第3グラウンドこの日のゲームは第1試合の狭山JrユースvsACアスミが10:00~11:20、第2試合の浦和レッズvs坂戸ディプロマッツが11:40~13:00にありましたので、19時からのトップチームのゲームの前に見に行くことにしました。

------11福島---09岡本------
---17岡田---10矢部---07山崎家--
---------08池西---------
14高橋大--06三森---03田中貴--02廣瀬
---------01富居---------
(35分ハーフ)
'04 坂戸 【得点】 18大野 0-1
'06 坂戸 【得点】 18大野 0-2
'12 浦和 【得点】 08池西 1-2
'28 浦和 【交代】 17岡田→21山田直
'33 浦和 【交代】 11福島→18岸
'35 浦和 【交代】 03田中貴→04菅井
'35 浦和 【交代】 02廣瀬→12松本
'47 浦和 【交代】 07山崎家→23高橋峻
'51 浦和 【交代】 10矢部→15高垣
'65 浦和 【交代】 21山田直→07山崎家
'68 浦和 【得点】 07山崎家 or Own Goal? 2-2
'69 浦和 【交代】 23高橋峻→11福島
(延長・10分ハーフ/Vゴール方式)
'09 浦和 【得点】 14高橋大 3v-2
(上はレッズの得点、交代、ディプロマッツの得点しか記載していません)

Jrユースの選手も右腕に喪章をしてプレーします先発メンバーは初戦、準々決勝と同じ。
ディプロマッツは18番大野選手と19番上野選手(アナウンスなので字が合ってるかどうかわかりませんが)の長身高速2トップにかき回されて、自分のプレーができません。
開始4分にいきなりゴール前、やや距離のあるところからちょっとタイミングを外したミドルシュートを大野選手に決められます。
さらに6分、DFラインの裏を突かれ、マークについたDFが抜かれて再び大野選手に決められます。
ディプロマッツはこの2トップと、23番の右サイドバック成田選手(同上)の精度の高いロングキックが武器で、レッズはこれに苦しめられました。
基本的には18番の大野選手がDFラインを下げて、ちょっと下がった位置にいる19番上野選手に23番成田選手からのロングパスがフリーな状態で通ってしまう形です。
ちなみに、19番というのはディプロマッツの伝統的なエースナンバーで、2年前の小池純輝くんも19番を背負って活躍していたそうです。

レッズは身体的に対抗できるのが三森くんしかいない上、いったんスピードに乗られてしまうと彼でも容易に止めることはできず、GK富居くんがPKを含む3点ほどを止めなければ今日の勝利はなかったことでしょう。
レッズは平面的なパスプレーを中盤で行う分には、県内はおろか、関東あたりでも有力なレベルにあるのではないかと思いますが、以前アルディージャに敗れたときと同様、強力なFWに押し込まれた時の対応に弱点があるようです。

12分に池西くんがミドルレンジでゴールを決めて1点差に追いついて前半終了、前半のうちに岡田くんに代えて山田直樹くん、福島くんに代えて岸くんを投入していたレッズは、後半にさらに家光くんに代えて高橋峻希くん、矢部くんに代えて高垣くん、山田直樹くんに代えて再び家光くんを投入するなど手を尽くす中、試合終了間際に同点ゴールが決まり、延長では高橋大輝くんのFKが今日当たっていたGK須藤選手の指先をすり抜けてこの熱戦にピリオドを打ちました。

試合後の挨拶
試合はVゴールという決着を見たことでもわかるとおり、どちらに傾いてもおかしくありませんでした。
第1試合はやや狭山Jrユースが押し気味に試合を展開するものの、ACアスミもよく守り、結局PKで得た1点で狭山Jrユースが勝ち、この2チームで決勝戦を戦うことになりました。

昨年の高円宮杯関東大会の埼玉県代表の枠は2つ(レッズ、クマガヤSC)でしたが、今年も同じだとすれば、これで関東大会への出場は決まったことになりますが、さて?
なお、三位決定戦は行われないようで、今日敗れた2チームは3位として表彰を受けていました。

坪井に引き続いての山瀬の怪我を受けて、レッズの今後の選手起用はどうなるでしょうか?
まずは現状について見てみます。

青字はA代表、U-18(高3)は進路決定時期で未定
トップ トップ&サテ サテ 負傷中 U-18 U-17 U-16
GK 01山岸
23都築
21徳重
28加藤
DF 03アルパイ
04闘莉王
05室井
19内舘
20堀之内
33ネネ
22小林 25中川
26南
02坪井 00川嶋 00野島 00金生谷
MF 06山田
07酒井
13鈴木
14平川
16三都主
17長谷部
15千島 32細貝
34大山
08山瀬
29新井
31中村
00武藤 00堤
00宇賀神
00西澤
00渡部
00エスクデロ
FW 09永井
10エメルソン
11田中
27横山 30岡野 00小池 00鈴木竜
17+3=20名
3+6+6+3=18名

負傷者のうち、中村と新井の負傷の程度、全治は不明です。既に復帰していることもありえます。
岡野は全治2週間でほぼ9月いっぱい、坪井は全治約4ヶ月でだいたい11月いっぱい、山瀬は全治6ヶ月として、復帰はだいたい来年4月頃でしょうか。もちろん、それは傷が癒えたというだけで、プレーのクォリティの回復にはもうしばらく時間がかかるでしょう。
高校3年生は、進学などの準備もあり、トップチームへの昇格なり、大学への推薦なりが決まらない限りは試合に出るのは難しいでしょう。
これは特別指定選手の細貝選手(前橋育英高)についても同様で、9月末には高校選手権の県予選が始まりますから、その辺の事情によっても試合出場メンバーにはなれないこともありえます。

トップチームについては、「トップ」欄の選手で17名いますから、いわゆる遠征メンバーをこの面子でまかなえます。
ただし、ネネの加入でDFは人数が多くなっていますので、1名(恐らく室井あたり)が外れて「トップ&サテ」の欄のMF、FW(つまり千島か横山)あたりが17名に入ることも考えられます。

サテライトチームについては、「トップ&サテ」、「サテ」の欄の合計が9名ですから、時々「トップ」欄の選手(山岸や室井)がサテに参加することがあってもチームとして成り立ちません。
「U-17」、「U-16」欄の人数を合計して18名ということで、MFが全員高校生などという事態も仕方のないところです。

それで肝心のトップチームの先発メンバーについてですが、まず必要な要件を考えてみます。

山瀬を欠くことになって不足する要素はどんなものでしょう?
私の見るところ、彼の特徴はシャドーストライカーと言われるような1.5列目からの前線への飛び出しと、高い位置での献身的なディフェンスです。
つまり、彼を欠くことにより、決定的な瞬間でのゴール前でのコマ不足、それから、彼が高い位置でボールを奪取することによって成立する攻撃の組み立て手段のひとつを失うわけです。

この事態に対して、例えば長谷部をもう一列上げて、ボランチ(酒井ほか)を入れることで、システムは変更しないという考え方もあります(ほかにアルビレックス戦の終盤にあったように、暢久をトップ下に据えて平川を右サイドに入れるというのもありますが、可能性は薄いでしょう)。
それも一案ではあるのですが、以前たしかケーブルテレビ(Jcom)の「Reds Get Goal」という番組だったと思いますが、山瀬へのインタビューの中で、彼が(普通のチームは)FWにくさびのパスを当てて、落としたボールを自分が展開するプレーを得意としているけれども、レッズの場合はFWが強力で、(パスを貰ったら)そのままゴールまで行ってしまうので、それに対応できるプレースタイルを模索しているというようなことを言っていた覚えがあります。
長谷部を山瀬の位置に上げて同じことをさせたとすると、長谷部にとってはボールタッチ数が減少することになるため、ボールをキープしたり、パスを出したりとしていたことが出来なくなり、全体としての攻撃力は低下してしまう恐れがあるのではないでしょうか?

現在のところ、FWとしてはエメと永井のコンビか、エメと達也のコンビが使われています。
永井の場合は、彼がサイドに開くことが多いのと、彼や同サイドの暢久がGKなりDFからのロングパスをうまくトラップして彼のドリブルで一人で局面を作り出すことが出来るのが特徴です。
この場合、相方のエメや山瀬はパスを受けてゴールを決める役どころになります。
永井の場合は、攻撃発起点からの距離が長く、手数が少ない、例えれば長槍を使ったような攻撃というべきようなものになります。

一方の達也の場合は、先日のアルビレックス戦でようやく彼らしいプレーを見た気がしますが、高い位置でプレッシャーをかけ、相手のミスを誘い出し、自分なり他のMFなりがボールを奪取、そこからハーフカウンターを仕掛けるような形が特徴です。
彼自身も結構無理めな位置からでも積極的にシュートを撃ちますし、同じくらいの比率でエメなどにボールを渡して点を取らせます。
この場合、相方のエメや山瀬はボールを奪取して、攻撃を組み立てる、あるいはパスを受けてゴールを奪うといった、達也と同じことをやる役どころとなるわけです。
2つ特徴的なのは、エメは体力消耗を避けるといったこともあるのでしょうが、達也がボール保持者にチェックしに行かなければ自らも行きませんし、達也がそうしてチェックに行くことで啓太がボールを奪う機会が多くなることです。

アルビレックス戦で、達也から永井に交代したとき、サイドで張って待つ永井になかなかボールが回らなかったり、終盤エメがチェックに行かなかったり、啓太が目立つ活躍をしたのはそうした理由からではないだろうかと思います。

達也の場合も永井と同様に例えれば、ナイフを使った至近距離での格闘ということになるでしょうか。スマートではありませんが、ボディブローのように相手に傷を負わせます。

長くなりましたが、そのような選手の特性からすると、この事態では達也、エメ、永井の3トップがもっとも現状のシステムとの整合性が高いのではないかと思われます。

岡野が帰ってくるまでは攻撃的なポジションで投入出来る選手が薄くなってしまいますが、2人の特性の違いから、途中投入では周りがうまく切り替えられないこともありますので、キャラクター的にもこのような形が選択される可能性が高いのではないかと睨んでいます。

埼玉スタジアム第2グラウンド昨日に引き続いてU-15の高円宮杯を見てきました。
埼玉スタジアムのサブグランドは、国体のときの仮設スタンドが第2グラウンドのみそのまま設置されており、第3グラウンドと2試合ずつ4試合が行われました。
1試合目(第2グラウンド)の狭山FCvs飯能ブルーダーは4-1で狭山FCが勝ち、同時に行われた第3グラウンドのクマガヤSCvsACアスミはクマガヤが1人退場しながらも、試合終盤にクマガヤが同点ゴールを決めて延長、最後はACアスミがVゴールを決めて1-2vで勝つという熱戦を繰り広げていました。

第3グラウンドで行われた第1試合が延長戦に入って延びたので、被りつつ行われたのが第2グラウンドのレッズvs三郷Jr戦です。

-----11福島--09岡本-----
--17岡田--10矢部---07山崎家-
-------08池西--------
14高橋大-06三森--03田中貴-02廣瀬
-------01富居--------
(35分ハーフ)
'18 【得点】 07山崎家 1-0
'24 【交代】 09岡本→18岸
'34 【交代】 17岡田→21山田直
'41 【得点】 07山崎家 2-0
'49 【交代】 07山崎家→23高橋峻
'49 【交代】 11福島→09岡本
'52 【得点】 09岡本 3-0
'54 【得点】 21山田直 4-0
'56 【交代】 02廣瀬→12松本
'59 【交代】 10矢部→15高垣
'59 【交代】 03田中貴→04菅井

試合後の挨拶先発メンバーは昨日のHAN FC戦と変わりません。
三郷Jrは中盤の出足がよく、試合開始当初レッズは圧倒されて前線にボールが出ません。
そんな中の先制点は18分、左サイドで岡田くんが上げたクロスにゴール前で待ち受ける家光くんが合わせ、2試合連続の先制点を奪いました。

先制点を取るとプレイも声も大きくなるのは現金なものですが、2点目は後半に入って41(後半6)分に再び家光くんが決めたもの。
52(後半17)分には左のクロスを岡本くんが頭であわせ3点目、54(後半19)分には中盤で細かくパスをつなぎ、最後に山田直樹くんが決めて4点目としました。
このあたりではレッズはほとんど好きなようにゲームを運んでおり、選手たちは余裕を持ってテクニックを発揮していました。

遅れて始まった第3グラウンドの第2試合・フェスタvs坂戸ディプロマッツは、同点で延長にもつれ込む熱戦の上、1-2vでディプロマッツが勝ち、準決勝の組み合わせは
狭山JrユースvsACアスミ
浦和レッズvs坂戸ディプロマッツ
となりました。

トーナメント表(埼玉県クラブユースU-15)サッカー連盟)
トーナメント表(クマガヤSC)

第3グラウンド 第2グラウンド

東農大浦和グラウンド今日は鶴ヶ島でナイキ(この大会はマンチェスターユナイテッドプレミアシップになったんじゃ?)プレミアシップ(U-13)の県クラブ予選もあり、そちらも見るつもりでしたが、寝坊したのでこちらだけ見ることにしました。

全日本クラブユースを関東大会で敗退したレッズのジュニアユースの子たちにとっては、3年間で最後の全国大会で、3年生は敗退すれば即引退です。
この先の進学先だとか、それぞれ悩みはあるでしょうが(ちなみにユースに昇格しても、高校のサッカー部へ入部するつもりでも、高校には入学するわけですから)、それはひとまず封印して、試合に臨みます。

-----11福島--09岡本-----
--17岡田--10矢部---07山崎家-
-------08池西--------
14高橋大-06三森--03田中貴-02廣瀬
-------01富居--------
(35分ハーフ)
'16 【得点】 07山崎家or17岡田 1-0
'35 【交代】 07山崎家→23高橋峻
'35 【交代】 11福島→18岸
'50 【交代】 17岡田→21山田直
'58 【得点】 21山田直 2-0
'61 【交代】 10矢部→15高垣
'62 【交代】 02廣瀬→12松本
'68 【交代】 23高橋峻→04菅井(松本と入れ替わりで右サイドバックへ)

前半はキレの良い家光くんを中心とした攻撃がうまく働き、16分には混戦の中から貴重な先制ゴールを奪います。
HANフットボールクラブは、昨年末の埼玉県クラブユース選手権で優勝、ナイキプレミアシップの県大会でも優勝しているため、3年生、それに2年生に有力な選手が揃っています。
レッズはまずは初戦を勝ち抜くことが最初の関門です。

後半に入ると、HANの方は当たりを強くして、レッズのテクニックに対抗、チャンスを多く作り出します。
しかし、58(後半23)分、交代出場した山田直樹くんがきれいなミドルシュートを決めて2点のリードを奪い、GK富居くんの積極的な守備もあって相手を0点に抑え、県大会準決勝へ進みました。

明日埼玉スタジアム第2グラウンドで行われる準々決勝はどうやら三郷Jrユースとの対戦となるようです。
なお、今日の試合で大宮アルディージャは狭山JrユースにPKで負けたらしく、これはちょっと波乱といえるでしょう。県クラのリベンジは果たせないことになってしまいましたのはちょっと残念です。

トーナメント表(埼玉県クラブユースサッカー連盟)
トーナメント表(クマガヤSC)

ちなみにナイキプレミアシップの方は、大宮アルディージャに1-2で負け、2位で決勝トーナメントへ進みました(11月13日開幕)。初戦は武南Jrユース、準々決勝はクマガヤSCとフェスタFCの勝者、準決勝はアルディージャ、FCコルージャ、ACアスミ、HAN FCの勝者です。
トーナメント表(埼玉県クラブユース(U-15)サッカー連盟)
トーナメント表(クマガヤSC)

埼玉スタジアム2002新たなエントリーを上げる前に、一晩寝たほうが良い、そう考えました。
何者に対してこの怒りを降すべきなのか。
ドリブルする山瀬に対して後ろからタックルをしたアルビレックスDF松尾直人に対してか?
あるいはゲームをコントロールできずに、この悲劇を引き寄せた松尾 一 主審に対してか?
ゲーム続行不可能を意味する×マークを出され、担架で運ばれていく彼に対して口汚い罵声を浴びせた醜悪なアルビレックスサポーターに対してか?

落ち着いて、考えをまとめてからでないとそうしたことについてしか書くことができないと思ったからです。

そして一晩を経過しましたが、想うことは変わりません。

彼は以前に蒙った怪我から、最近になって復帰したばかりです。
怪我が治って、試合には出ていましたが、怪我をする以前のプレーのレベルに、最近になってようやく追いついてきたところだったのです。
今日になって、精密検査の結果が発表され、「左ひざ前十字じん帯断裂」で全治5ヶ月~6ヶ月の見込みであることがわかりました(以前の怪我は右ひざ)。
6ヶ月として、試合への復帰は来年の3月頃、しかしそれはプレーができるということだけで、プレーのレベルを取り戻すのにはさらに相応の時間を必要とするものと見るべきでしょう。

試合は大勝でした。しかし、それはひどく後味の悪いものとなってしまいました。

少年

SFA国体速報少年
準決勝 千葉県選抜
福岡県、広島県、鹿児島県と連破し、準決勝に駒を進めた埼玉県選抜(少年)チーム、対戦相手は大分県を3-0、島根県を2-0、滋賀県を3-0で破った隣県・千葉県選抜。 埼玉県が鹿児島県選抜戦で負傷退場した志田に代えて、その試合で交代出場した荒井を先発にしたのに対して、千葉県選抜は初戦の大分戦から変わらないメンバーでスタートします。

ここで、公式記録から戦評を抜き出してみます。

記入者:小林俊也 所属:深川西高校(北海道)
両チーム共に4-4-2 のダイヤモンドでスタート。地元の声援うけ勢いに乗る埼玉は中盤でのルーズボールに対する反応がはやく、奪ったボールをFW河原、ディフェンスの背後を狙うFW荒木に合わせ千葉ディフェンスを崩し得点を重ねる。一方千葉はロングボールをFW池田に入れ、サポートに入るMF 船山、三門で得点を狙うが、埼玉ディフェンスの高さと体を張ったプレーによりチャンスを多く作ることができない。後半に入り運動量の落ちた埼玉ディフェンスに対し、バイタルエリアに積極的にドリブルではいる千葉優位に進め、MF佐藤のミドルシュートで同点にする。延長戦で千葉が勝利を手にしたが、両チーム共にすばらしい見応えの有る好ゲームであった。

この試合は2点を先制しながら、前半ロスタイムと後半26分に得点されて同点に追いつかれた上での、Vゴール負けということで、選手たちにとっては悔しい負け方だったのではないでしょうか。
決勝で静岡県と対戦するという、選手たちにとってはあまり意識はないかもしれませんが、埼玉のサッカーファンにとっては特別なカードも実現しなかったわけで、ちと残念です。

延長で逆転負け
少年男子・準決勝

▼戦評…2点を先制した埼玉だったが、追加点の好機を逸し延長で逆転負けした。

 埼玉は前半14分に荒木が先制、22分に福田が2点目を挙げた。千葉は前半のロスタイムに1点を返すと、後半26分に同点に追いつき延長戦へ。延長後半4分に薬袋がVゴールを決めた。

 埼玉は後半立ち上がりの決定機を逃したのが惜しまれる。延長前半も2、6、7分にチャンスがあったが、シュートミスした。

悔しさを成長の糧に 千葉の延長Vゴールが決まると、埼玉イレブンはぼうぜんとグラウンドに座り込んだ。2点を先制しながらまさかの逆転負け。「勝てるゲームを落とした。決めるべきシュートを決めないと、こういう結果になる」。FW河原の言葉がこの試合を象徴していた。

 前半は理想的な展開だった。14分に得意のカウンターから荒木がヘッドで決めて先制。22分には島田の右センタリングを福田が頭で押し込み2点目を奪った。

 ロスタイムに失点したが、後半立ち上がりに追加点のチャンス。ここで1点でも加えておけば、そのまま押し切れたはず。だが、1分に河原、11分に荒木が決定機を逃すと、流れは千葉へ。26分に同点に追いつかれた。

 延長も前半は埼玉のペース。2分に福田、6分に河原、7分に大山がシュートするが、枠を外れた。「力んでしまったのかもしれない」。河原がうなだれた。

 惜しくも敗れた埼玉だが、福岡、広島、鹿児島と強豪を撃破してのベスト4は立派。守屋監督(西武台高教)は「選手は精いっぱいプレーした。この悔しさが成長の糧になる」と励ます。

 まだ、3位決定戦が残っている。競技別天皇杯を獲得するためにも、勝利して得点を積み上げたい。イレブンの真価が問われるのは負けた直後の試合だ。

 主将の大山は「しっかり反省して次の試合に臨みます。この大会は勝って終わりにしたい」と立派に気持ちを切り替えていた。
三位決定戦 石川県選抜
この試合ではいくらかメンバーを代えて望みました。 GKが押野→大橋、DFで星野→室山、FWの荒木が西澤に代わって中盤に入り、杉本がFW。 対する石川県はGK坂村を細川に代えています。 このゲームについても公式記録から戦評を。
記入者:平岡和徳 所属:大津高校(熊本県)
両チームとも今大会一貫してきた4-4-2のシステムでスタート。埼玉は⑦大山、石川は⑩本田を起点にゲームはコントロールされる。連戦の疲れを見せず前半から攻守の切り替えの早いスリリングな展開となる。一進一退の攻防の中、埼玉は⑦の精度の高いプレスキックでセットプレイの好機を生かし⑤福田が押し込み先制する。一方石川は飲水直後にロングパスから裏へ抜け出した⑤が倒されPK。これを⑤清水が冷静に決めて同点とする。その後埼玉は、⑦⑨のホットラインから2度目のネットを揺らしつきはなす。後半に入り埼玉は、勝利への意識が全員に浸透し追加点を重ね、石川の反撃を押さえ、3 位を獲得した。大会を通して常に全力プレーを見せ、たくさんの観客に感動を与えた地元イレブンに心からの拍手を送りたい。

石川県は高校サッカーの強豪・国見高で大半が構成された長崎県選抜と初戦で対戦し、5-0という大差で破って今大会にセンセーションを巻き起こしました(もっとも、近年の石川県の高校サッカーでの発展は目覚しく、星稜高校から2002年には田中俊也(サンフレッチェ広島)、辻田真輝(大宮アルディージャ)、森 俊祐(横浜FC)の3人、2003年には豊田陽平(名古屋グランパスエイト)というJリーガーを輩出しています)。
さらに、宮城県を4-0、強豪・神奈川県にも2v-1(Vゴール勝ち)と競り勝ち、最終的に優勝した静岡県(先発11人中、プロ入り内定と恐らくプロ入りするだろうという選手が8人いるチームです)に0-5で敗れたものの、強力なチームであることは疑いないところでしょう。

戦評にもあるとおり、石川県選抜はガンバ大阪Jrユース→星稜高の本田圭祐選手が中心で、彼は既にグランパスの特別指定選手として登録され、7月24日のナビスコカップ予選ジュビロ磐田戦では交代出場を果たすなどしており、来年のJリーグへの新入団選手の中でも目玉になりそうな選手の1人です。
埼玉県側はレッズJrユース→レッズユースでレッズに先日2種登録された大山俊輔選手が中心となっているわけで、クラブユース育ち、2種登録、特別指定など選手育成の最近のキーワードが並ぶ、象徴的な対戦と言ってしまうのは、まぁ、ちょっと大げさですね(笑)

試合は埼玉県が先制、石川県が追いつき、再び埼玉県が突き放し、2点差をつけたところで石川県が1点差まで追いすがり、再度埼玉県が2点差にし、粘る石川県がまた1点差に追いつくという、気楽に観ている人には非常に面白い、どちらかを応援している人には心臓に悪い展開となったようです。
最後には1点差を守りきり、埼玉県選抜が第三位ということになりました。

最後にチーム内の得点者とアシストを(全チーム分集計しようかと思ったけれど、面倒なのでやめました)。

    得点 順位	 アシスト 順位
河原和寿 5 1  大山俊輔  3 1
福田俊介 3 2  島田祐輝  2 2
荒木宏光 1 3  西澤代志也 2 2
大山俊輔 1 3  荒木宏光  1 4
島田祐輝 1 3  河原和寿  1 4
杉本裕之 1 3  志田亮輔  1 4
          竹内 聡  1 4
          星野崇史  1 4

点取り屋が点を取り、司令塔(って言い方は嫌いだけど)がアシストが多いという、大変わかりやすい結果になりました。大山→河原というパターンは全12得点中2点だけですが、他のパターンが1点ずつしかないので、結果としては一番多い得点パターンということで。
アシストの2位(といっても2つずつですが)に西澤、島田という両サイドハーフが入ったのも象徴的ですね。
面白いのが得点2位の福田。さぞセットプレーで点を取り捲ったかと思うと、初戦の福岡戦の先制点のように、なぜかクロスを入れたものが決まったりとかしています。

まぁしかし、優勝には至らなかったものの、最後勝ったことでいい形で終われたと言ってもいいのではないでしょうか?最後勝って大会を終われるのは優勝チームと3位チームだけなのですから。

成年女子

SFA国体速報成女
準決勝 宮城県選抜
この日の対戦相手は埼玉県選抜の中心となっているさいたまレイナスと同じLリーグ1部のYKK AP東北を中心とするチームということで、簡単に勝てる相手ではありません。宮城県選抜にはなでしこジャパンのDF大部由美がいて、この試合にも出場しています。 公式記録を見る限りでは先制後、前半ロスタイムにオウンゴールもあって2点取り、後半は守りきったというところでしょうか。
3―0で宮城に快勝
成年女子、初の決勝へ

▼戦評…前半3点を挙げた埼玉が無失点で快勝した。

 両サイドのMFやDFが高い位置でプレスをかけて宮城の特長を消し、埼玉は逆に横からの崩しが有効になった。前半19分の先制点が象徴的だ。山本が右サイドで球を奪い、前線の佐藤へ縦パス。佐藤の右折り返しを岩倉がけり込んだ。

 ロスタイムにも安藤のゴールなどで2得点。手薄になった中央を、安藤がドリブル突破したのが効いた。

強豪相手に果敢な攻め 成年女子の埼玉が未知の領域へ踏み出した。3度の優勝を誇る宮城に3―0で快勝し、初の決勝進出。試合中は鬼の形相の田口コーチ(さいたまレイナス監督)も「気持ちを感じるチームに成長した」とえびす顔になる出来栄えだった。

 さいたまレイナス主体の埼玉と、同じLリーグ1部のYKKAP東北を軸とする宮城。初めてLリーグ勢とぶつかる天王山だ。しかも3連戦。主将の高橋は「やっぱり疲れはあった」と明かす。だが選手は走りに走り、激しくプレスを掛けた。

 宮城の3―5―2システムを封じるには、両サイドが高い位置で圧力を加えなくてはならない。左右のMFの岩倉と木原、サイドバックの西口と山本が忠実にこれを実行。前半19分の先制点は右の山本が球を奪取し、佐藤の折り返しを岩倉がけり込んだ。山本は「前から球を取ればゴールにつながる」と勇気を持ってチャレンジ。岩倉は「役割を果たせた」と喜んだ。

 前半22分には、熱くなった田口コーチが退席処分。アクシデントに「気迫が伝わってきた」(高橋)とイレブンは奮闘した。前半さらに2点をたたき込んで、早々と勝負を決めた。

 決勝の相手は3連覇を狙う兵庫。LリーグTASAKIの単独チームで、アテネ五輪代表5人を擁する優勝候補の一番手だ。田口コーチは「プライドを持ってチャンジしてほしい」とげきを飛ばした。勇敢なる挑戦者に怖いものはない。
決勝 兵庫県選抜
そして成年女子の埼玉県代表としては初めての決勝戦、相手はDF磯崎浩美、DF川上直子、MF山本絵美、MF柳田美幸、FW大谷未央の5人のなでしこジャパンメンバーを擁する強豪で、日テレベレーザが東京都選抜に参加していない状況では、まず誰もが優勝するだろうと考える優勝候補です。 決勝戦でも大谷を除く4名がフル出場しています。

公式記録によれば、開始早々(4分)、いきなり兵庫県が先制します。
前半のシュート数は埼玉県2に対して兵庫県7ですから、かなり押されたことがわかります。
そして、46(後半11)分についに安藤のゴールで同点に追いつきます。CKからヘディングで決めた同点ゴールです。
後半はシュート数も4-2と逆転しています(全体的に少なくなってもいますが)から、連戦の疲労で両チームとも運動量が落ちているのでしょう。
そして同点のまま延長に入り、86(延長後半6)分に高橋→岩倉とつないだボールを中央の若林が決め、埼玉県成年女子選抜として初めての優勝を飾ったわけです。

両チーム共に交代選手を使っていないので、両チーム22人の選手が86分間を走りきったわけですが、この連日の試合と、残暑の中で、疲労から最後には精神力の勝負になる、そういう局面で地元の利、観客の声援が勝負を決めたのではないでしょうか。

いずれにしてもオリンピックでのなでしこジャパンの躍進を思わせる快挙で、埼玉県的には女子サッカーを盛り上げるきっかけになってくれればいいでしょうね。
各チームで試合を戦った選手の皆さん、スタッフ、そして宿泊やら応援やらで国体に関わった方々はお疲れ様でした。

さて、「試合を見た」という流れ上、少年と成年女子しか触れていませんが、もちろん成年男子も試合を行っています。

成年男子

成年男子は関東リーグ1部所属のルミノッソ狭山の選手を中心に、平本、宮下という元Jリーガーである同じく関東リーグ1部の埼玉SCの選手を加えたメンバーです(多分)。 11日に初戦・三重県選抜との試合を行い、平本の2ゴールで勝っていますが、2試合目となる12日の準々決勝・熊本県選抜戦に破れ、ベスト8に終わりました。
無得点で敗れる
成年男子・準々決勝

▼戦評…埼玉は攻守に力が空回り。無得点で敗れた。

 埼玉は立ち上がりから熊本の鋭い出足と素早い攻撃に戸惑った。中盤で後手に回り、得意のサイド突破も不発。逆に前半28分、熊本の波状攻撃に守備網が崩され、先制点を許した。

 埼玉は後半、積極的にサイド攻撃を仕掛けたが、最終パスやシュートの精度を欠いて得点ならず。同点機だった3分のPKを町田が外したのも痛かった。

シュート11本放つも決定力不足に泣く 試合終了を告げる笛を聞き、芝生にへたり込むエース迫田。ほかの選手も肩を落として、その場からしばらく動かない。成年男子の埼玉が準々決勝でまさかの敗退。「うちがやろうとしていたことを熊本にやられてしまった。申し訳ない気持ちでいっぱいです」。阿部監督(ルミノッソ狭山)は憔悴(しょうすい)した表情で、敗戦の弁を絞り出した。

 熊本の厳しい守備と速いサイド攻撃にほんろうされ、序盤から攻守にちぐはぐだった。こぼれ球への出足で後手を踏み、攻めに転じてもパスミスでチャンスをつぶす悪循環。前半15分の宮下のシュートがバーに嫌われ、後半3分の町田のPKもポストにはじかれるなど不運もあったが、シュート数5本で1点の熊本に対して、埼玉は11本放ちながら無得点。課題の決定力不足は克服できなかった。

 主将の町田は「立ち上がりにリズムを崩され、そのままミスが連鎖してしまった」と沈痛な面持ちで話し、「PKを外した僕の責任」と自らを責めた。

実際に一試合も見てないので、なんともいえないのですが、記事中にもあるように、シュート数で11-5と押しながら無得点で敗れることになりました。
少年、成年女子と活躍していますから、どうしてもコントラストを描いてしまいますが、まぁサッカーってこんなものっていうところじゃないでしょうか。


国体ということで、他にもいろんな競技が実施されていました。
水泳(競泳、飛び込み、シンクロ、水球)、サッカー(成年男子、少年男子、成年女子)、ボート、カヌー(フラットウォーターレーシング、スラロームレーシング、ワイルドウォーターレーシング)、ボウリング、ゴルフ(成年男子、少年男子、成年女子、少年女子)。
これらは夏季国体ということで、9月10日から今日・14日まで行われました。
10月23日~28日には秋季国体として、陸上競技やテニス、バレーボールや体操、バスケットボール、弓道やアテネ五輪で銀メダルを獲得して注目された大宮開成高校の山本博先生が出場するアーチェリー他が県内各地で行われます。
サッカーでも高校女子サッカーは秋季大会でやるんですね。

そんなことで、本日夏季国体は閉会したわけです。

ずいぶん久しぶりにリーグの公式戦を見に行きませんでした。
仕事がどうしても外せなかった去年の長居のセレッソ戦(3-0から逆転された奴)以来ですかね。
なので今回はテレビ観戦です。

レッズは新外国人のネネをメンバーに入れてきました。それとアテネ五輪の間に先発を外れるようになっていた達也を。
インド戦があったばかりですが、アレックスはメンバーに入ってきました。それと先日のマリノス戦で足を痛めた暢久も先発出場を果たしました。
あとはひざに違和感を抱えた都築の代わりに、練習で好調と伝えられていた山岸が入ります。おかげでファンタジーサッカーはだいぶ外しました(というか試合前日までに決めればいいと思ってたら日曜開催で変えられなかった)。

ネネについては、なかなか良かったと思います。足元がしっかりしているので、相手に詰められてもあまり慌てることがないのと、やはり長めのパスがしっかり通ります。交代出場した内舘がボールを持ったときには出し所に困っていたのが象徴的でした(パスがDFの最優先の技能ではないですから、別にいいと思いますけど)。

久しぶりに達也が先発ということで、思い切りのいいプレーが見られました。
達也が先発する場合は、ちょっと下がって中盤の組み立て・ボール奪取に参加できるので、高い位置でボールが取れますね。

この試合では永井が交代出場したわけですが、あまりボールに触ることができませんでした。
これには相手の左サイドに吉田、有村(根本)という選手が構えていてスペースがなかったこと、そしてGKからのロングボールの受け手に永井や暢久はなることが多い(そして暢久が受けた場合はそこから縦に展開するパターンもある)のですが、山岸の場合はその機会が少ない(これまたゴールキックがGKの最優先の仕事ではないと思いますから、それをもってどうこうというつもりはありません)ため、最近多い永井からの攻撃パターンがこの試合ではありませんでした。

試合の方は先制点はそうした達也の特性を生かして、ドリブルで抜け出してチャンスを作ったもの。達也のシュートはDFに阻まれますが、抜け目なく詰めていたエメがこぼれ球を決めたものです。

2点目はこれは意図していた通りの形。左サイドのアレックスから中で待つエメにピンポイントでパスが通って、これをエメがしっかり決め、「何でこんなに簡単に点が入るんだろう?」というような得点でした。
アレックスはさすがにまだ体調は万全というわけではなさそうですが、アジアカップ(はロンドンでちょっと見ただけなんですが)あたりからだいぶ吹っ切れてきたような気がします。もうワンテンポ仕掛けが早くなればもっと楽にプレーできそうな気がします。

3点目はアレックスからの縦パスで抜け出したエメが、角度のないところからシュート、GKが弾いたボールを詰めていた山瀬が決めました。この時は達也も別の位置に詰めていましたから、カウンターの局面としては人数は十分すぎるくらいですね。

4点目は相手の最終ラインでのパスミスが乱れ、大分の右サイドの有村がサイドラインギリギリでフィールドに戻したボールに達也が飛びつき、大分DFパトリックを抜いて決めたものです。ただしシュートそのものはポストに当たりましたが。
このプレーは有村のミス(素直に外へ出しとけばよかった)と取られがちですが、3点を失って意気消沈する味方が、気の抜けたようなパスミスをして、相手スローインになりそうになったのを、頑張って追いかけた結果であるようにも思えて少し気の毒でした。
まぁ、基本的には相手のミスを逃さなかった達也を誉めるべきでしょう。

前半4-0ということで、後半にも1点くらいとって、無失点で終えれば100点満点の試合といって良かったと思います。
しかし、後半に大分が根本を投入して、FWのマグノアウベスや高松めがけてロングボールが入り、ポストプレーをされるようになると次第にラインが下がってしまいます。ポストプレーに対しては、最終ラインのDFが上がって、ポストプレイヤーに振り向かれたり、パスを出されたりする前に背後からプレッシャーをかけるわけですが、ネネが負傷で退場したり、闘莉王が前半のうちに警告を受けていたこともあり、なかなかうまく行きませんでした。

ボールも最終ラインで回しているシーンが多かったわけですが、ニッカン式スコアを見ると、後半は大分に3本しかシュートを撃たせていません。
まぁリードしていることを考えれば、これも悪くはないということでしょうか。

70(後半25)分には達也に代えて永井が投入されていますが、これは最終ラインからのロングボールの受け手を作ろうとの意図だったのかもしれません(結果的にはあまりうまく行きませんでしたが)。
また、77(後半32)分には長谷部に代えて平川を投入していますが、これは左サイドのアレックスの後のスペースをカバーさせる(前半は長谷部が入っていましたね)ことで、アレックスを高い位置でやはりボールを受けさせたかったのかもしれません(もっとも、大分の右サイドの攻撃はあまり多くなかった気もします)。

つまり、あの時点でのチームとしての意図は、低い位置でボールを回しつつ、相手の動きを見てロングボールを前線に入れ、カウンターで追加点を入れてもいいし、そこでボールをもたれることで、相手のディフェンスラインを下げることを目的としていたのではないかと思いました。
まぁ、なかなかうまく行かないうちに相手を勢いづけてしまったわけですが。

上記のニッカン式スコアによれば、トリニータの方が支配率は高いわけですが、それはこの後半のプレーにもよるのではないかなと思いました。

81(後半36)分に、ゴール前の混戦から山瀬に渡ったところで、囲まれてボールを奪われ、マグノアウベスのゴールを許すわけですが、あそこはもう少し余裕があれば、近くに味方のいるプレーヤーに出したかったところです(ほとんどクリアみたいなプレーですからしょうがないですが)。

それでも4-1ならば快勝といって間違いありません。

ジェフとのナビスコ予選のあたりから、都築のゴールキックが暢久・永井に渡り、そこから展開する形が出来てきました。最近の好調の一片はそうしたパターンが確立してきたことにもあると思われます。
ところが、同じプレーを達也がトップのときにやると、彼が中央にいることが多いこともありますが、高いDFに付かれたりして、容易に対応されてしまう、特に相手にリードを奪われているような時ですね。
従って、ゴールキックをFWに送るプレーは、永井と都築が先発のときにのみ行う、GKが山岸だったり、FWが達也だったらもっと低い位置から暢久やアレックス、長谷部に渡してドリブルなどを含めながら組み立てる、そうしたやり方の方がいいように思えます。

と、まぁこんなことをテレビを見ながら考えていました。
やはりテレビの前にいると色々余計なことも含めて考えちゃうもんですね。

晴れ上がるしらこばと運動公園今日は少年男子のほうは4試合とも全て10:00開始で1試合しか見れなかったので、終わってからまたしらこばと運動公園に来てみました。

(山形県成年女子選抜)
-------01岡部--------
07白石--04武藤--02鈴木--05片山
-------16海谷--------
--14須藤--06宮川---09斎藤--
-----11坂本--10菅野-----
.
-----14若林--11佐藤-----
--07岩倉--10安藤---15法師人-
-------08高橋--------
05西口--03笠嶋--02田代--04山本
-------01山郷--------
(埼玉県成年女子選抜)
(35分ハーフ)
'00 埼玉 【得点】 14若林 1-0
'05 埼玉 【得点】 10安藤 2-0
'10 埼玉 【得点】 07岩倉 3-0
'21 埼玉 【得点】 08高橋 4-0
'27 埼玉 【得点】 15法師人 5-0
'29 埼玉 【得点】 10安藤 6-0
'30 埼玉 【交代】 03笠嶋→12笠井
'35 埼玉 【交代】 01山郷→16早田
'36 埼玉 【得点】 10安藤 7-0
'39 埼玉 【得点】 14若林 8-0
'41 山形 【交代】 14須藤→08根本
'42 埼玉 【得点】 11佐藤 9-0
'45 埼玉 【交代】 08高橋→13森本
'58 山形 【交代】 01岡部→15渡辺
'58 埼玉 【得点】 14若林 10-0
'61 埼玉 【得点】 14若林 11-0
'66 山形 【交代】 11坂本→12松村
'68 埼玉 【得点】 07岩倉 12-0
'69 埼玉 【得点】 10安藤 13-0

山形側ベンチ。こういうのは女の子っぽいですね前半30分過ぎくらいに到着したのですが、既に6-0と一方的な展開になっていました。
試合の勝敗への興味という点では、もう失われたに近かったですが…。

相手の山形の方も緒戦長崎県に対して3-0で勝ち上がってきたわけですが、やはり競技人口が少ないゆえに実力差がついてしまうといったところですかね。
あと埼玉はレイナスということで人を集めてもいるわけだし。

トーナメントの方は、Lリーグの強豪チームTASAKIペルーレで構成されている優勝候補の兵庫県と岡山湯郷Belle中心の岡山県の山と、埼玉県とYKK AP東北女子サッカー部中心の宮城県の山となっています。
決勝まで兵庫県とあたらないという展開は恵まれていますが、次からはこれまでのように楽勝というわけにはいかないのでしょう。
成年男子は少年と試合時間が被っていることが多いので見にいけませんでしたが、準決勝へ進んだ少年とこの成年女子、果たしてどんな結果を残すことができるでしょうか?

セットプレーのチャンス優勝候補の広島県選抜を破り、ここへ来て心身両面のスタミナが心配される局面ではありましたが、今日はちょっと動きが鈍いところもありました。

(鹿児島県少年選抜)
-------01片渕--------
03重富--05岩下--02伊集院-04愛甲
-----08坪内--12大脇-----
--09平田--------14上村--
-----07西田--10山下-----
.
-----10荒木--09河原-----
--11島田--07大山---14西澤--
-------04志田--------
03星野--06堤---05福田--02鈴木
-------01押野--------
(埼玉県少年選抜)
(35分ハーフ)
'12 埼玉 【交代】 04志田→15荒井
'13 埼玉 【警告】 11島田
'14 鹿児島 【警告】 03重富
'14 埼玉 【得点】 11島田 1-0
'22 埼玉 【警告】 03星野
'45 鹿児島 【交代】 09平田→13福
'56 鹿児島 【交代】 02伊集院→06吉元
'67 埼玉 【交代】 11島田→08竹内
'69 埼玉 【交代】 14西澤→13杉本

今日は好天で気温もかなり上がりましたが、疲労を蓄積した身体にはひどく負担になったようです。
開始12分にゴール前での交錯プレーから、昨日の試合でいい働きを見せていたボランチの志田が負傷退場するハプニングがあります。実は56(後半21)分に、今度は鹿児島県選抜のDF伊集院もやはり負傷するシーンがあり、最大で5日間連続で試合をする国体の過酷さが象徴される出来事でした。
この試合では、ボランチの位置に浦東の荒井が入り、無難に務めましたから事なきを得ましたが、志田自身とチームの状況にとって明日以降が心配です。

唯一の得点シーンは、西澤がドリブルで持ち込み、スペースにパス、河原が走りこんでDFに身体を寄せられ、いったんバランスを崩しながらも持ち直し、左サイドに出したボールを、走りこんでいた島田が決めたものでした。

試合後の挨拶早い得点のあと、シュート数そのものは埼玉11-鹿児島10で互角ですが、埼玉は守ってカウンターが多く、鹿児島県選抜選手の強い当たりとロングボール、強引な攻撃に手を焼きました。
しかし、いかにも危うげなこうした局面(強豪チームと当たった直後で気が抜けやすいというような)の試合に勝ち抜いたことは大きかったと思います。
明日、明後日の試合は見に行けない(そもそも休んで見にいけるようなら今日大分へ行ってる)ですが、一番危ない局面はくぐり抜けたのではないかなと思ってみたりもします。

さて、ところで浦和東の応援団の応援コールが耳に残っています。
♪オーサイタマー ウラトン ブダイ オオトン~ レッズ イナガクシコウ♪
これはなんだと思ったら、県選抜の選手の出身チームを並べただけなんですね。
ウラトン:浦和東(浦東)、ブダイ:西武台(武台)、オオトン:大宮東(大東)、レッズ、イナガク:伊奈学園(伊奈学)、シコウ:市立浦和高(市高)というわけです。
このコールのように、というわけではありませんが、異なるチームから集まった選手たちのハーモニーで悔いのない戦いをしてください。

それにしても、このチームで高校選手権に出たら結構いいとこ行くと思うんだけどなぁ…。

越谷市立しらこばと運動公園競技場(メインからバックを望む)少年男子の試合を埼スタ→駒場(静岡-熊本)→埼スタ(神奈川-愛知)と少しずつ見ながら移動していると、成年女子の埼玉県vs北海道の試合が14:30からあるということを知って、ちょっと行ってみることにしました。

会場の越谷市立しらこばと運動公園競技場というのは、しらこばと水上公園に隣接した場所にあって、私にしてみれば初めて行く場所でした(というか綾瀬川より向こうには数えるくらいしか行ったことがないんで)。
今回の国体開催に合わせて整備されたのだとは思いますが、なかなか立派な施設でした。
地元の試合ということがありますが、1,800人と発表されたこの観客は、やはりオリンピックの女子日本代表チーム・なでしこジャパンの活躍の影響でしょうか?
埼玉県選抜では、GK山郷のぞみとMF安藤梢がなでしこジャパンのメンバーでした。

(北海道成年女子選抜)
-------12杉谷--------
14保格--02加賀屋-04浮田--06大友
-----07鈴木--05小森-----
--08谷口--------09神成--
-----11小松--10中野-----
.
-----14若林--11佐藤-----
--07岩倉--10安藤---06木原--
-------08高橋--------
05西口--03笠嶋--02田代--04山本
-------01山郷--------
(埼玉県成年女子選抜)
(35分ハーフ)
'13 埼玉 【得点】 07岩倉 1-0
'47 埼玉 【得点】 07岩倉 2-0
'54 埼玉 【得点】 03笠嶋 3-0
'58 埼玉 【交代】 06木原→15法師人
'64 埼玉 【得点】 10安藤 4-0
'65 埼玉 【交代】 14若林→09斎藤
'66 埼玉 【得点】 08高橋 5-0
'69 埼玉 【得点】 11佐藤 6-0
'69 北海道 【交代】 08谷口→13森野

(バックからメインを望む)一方的な展開になってしまいましたが、前半は先制点を奪った後はもう1つすっきりしないゲームでした。
地元越谷市の方が北海道選抜に回り、レイナスの応援団を中心とした?両チームの応援にも熱が入ります。
埼玉県選抜の先発メンバーでは、監督兼選手のFW佐藤舞だけがASエルフェン狭山FCで、他はさいたまレイナスFCの選手です。
見たところでは、もちろん山郷、安藤の代表組は非常に安定して見えました。前にLリーグの試合を見たときは、それほどは他の選手と差が無かったように見えた気が。
あるいは、アジア地区予選から本戦と続く戦いで相当な自信をつけたということもあるのでしょうか。

他の選手では、FWの若林エリ、交代出場した法師人美佳も良かったように思いました。
まぁボールを持っている選手しか見ていないわけですが。

この試合の後、日本サッカー協会のOBチーム対埼玉県サッカー協会のOBチームの親善試合が行われました。
選手名のアナウンスも無かったので、埼玉県サッカー協会のほうに落合さんが出てたことしかわからず、つまらないので途中で帰ってしまいましたけど。

埼玉スタジアム第2グラウンド優勝候補・広島県選抜を迎えたこの試合、レッズユースから選抜された4選手にとっては、サンフレッチェユースから9人が先発したこの相手に対して、普通の対戦相手とは違う想いがあります。
2003年の全日本クラブユース選手権の決勝で対戦して0-3で完敗、今年の同大会でもリベンジを企図して準決勝で対戦、0-1でリベンジを果たせないまま敗退ですから、復仇の意思は強かったでしょう。
また、他の選手にとっても地元国体でいい成績を残したいという気持ち、周囲のプレッシャー、試合会場に駆けつける応援と、色々な要因が重なって、非常に気持ちの入った状態で試合に入れました。
もっとも、気合が入っているように見えたのは、見ているこちらの精神状態によるところもあったのかも知れません。

(広島県少年選抜)
-------01佐藤--------
05森脇--03槙野--04藤井--02大屋
-----06松永--07柏木-----
-------08桒田--------
--09富成--15藤本--11木原---
.
-----10荒木--09河原-----
--11島田--07大山---14西澤--
-------04志田--------
03星野--06堤---05福田--02鈴木
-------01押野--------
(埼玉県少年選抜)
(35分ハーフ)
'38 広島 【得点】 09富成 0-1
'42 埼玉 【得点】 09河原 1-1
'49 広島 【警告】 07柏木
'51 埼玉 【得点】 09河原 2-1
'52 広島 【警告】 06松永
'55 広島 【交代】 15藤本→10岸本
'55 埼玉 【交代】 10荒木→08竹内
'59 埼玉 【得点】 07大山 3-1
'61 広島 【警告】 08桒田
'62 広島 【交代】 09富成→14森重
'69 広島 【得点】 07柏木 3-2
'69 広島 【警告】 02大屋

今日も出ている男塾段幕広島県はプログラムにも載っている前田俊介(サンフレッチェ広島ユース)がU-19日本代表候補で国体には不参加、代わりの10番FWの岸本直樹は広島観音高校の選手です。
前半は互いに守備から入った慎重な展開で、シュート数も埼玉2-広島4と少ないです。
浦和東高校のサッカー部員が応援に来て何とか盛り上げようとしますが、ちょっと空回り気味です。

後半が始まって38(後半3)分、FKからのボールをFWに通され、先制を許します。
先制点を奪った時の広島イレブンの喜びようは、ややプレッシャーから解放された?ような少し派手なものでした。
警告も多かったですが、これは、圧倒的な敵地(観客は1,000人と発表されていますが、レッズのサテライトの時より入っていたような気がします)を感じていたのでしょうか?

しかし、得点を奪った直後の広島県は非常にリズムが良くなり、嵩にかかったときのサンフレッチェユースの攻撃力を03年に見せられている身としては、ちょっと不安でした。
が、わずか4分後に、西澤のクロスを相手DFがクリアミスしたボールを河原がキープし、そのまま同点ゴールを奪います。
こうなると観客席も自然に盛り上がり、逆に埼玉県のリズムが良くなります。

同点に追いつかれてからの広島県はロングボールをFWに送るか、8番のMF桒田にドリブルで中央突破させる他にはパターンが無くなり(そのいずれも脅威でしたが)、やや単調になった気がします。
ハイボール、ロングボールとなると埼玉のCBに入った福田の良さが生き、中で度々撥ね返すようになります。
また、GKの押野がたびたびファインセーブを見せ、それ以上の得点を許しません。

埼玉県はワイドに開いた攻撃が多く、特に右サイドの島田のスピードを生かして、星野とのコンビで何度もチャンスを作ります。
追加点はDFからのクリアボールを大山が低い位置で受け、ドリブルで前進しながら相手を引き付け、フリーになった河原へスルーパスを通して決まったもので、非常に奇麗な得点でした。

さらに左サイドで島田(か星野か大山あたり)が倒されて得たFKを島田が蹴り、それをゴール前の大山がバックヘッドでゴール内に送り込んで2点差とします。

試合終了最後まで諦めない広島県の気迫はさすがで、ロスタイムに強引にドリブルで切り込まれて決められますが、時既に遅しでタイムアウト。
埼玉県がベスト8に進みました。

1得点1アシストと活躍した大山以外でも、2点は取られたもののそれ以上の失点は防いだ堤、左サイドで攻防に活躍した星野、右サイドで再三精度の高いクロスを放り込んだ西澤と、ユースの面々はそれぞれにいいプレーを見せました。
他のディフェンス陣も前節よりも緊張感を持ったプレーを見せましたし、特にボランチに入った志田が利いていた気がします。

緒戦が福岡県、今日が優勝候補の広島県、次は鹿児島県、そしてその次が滋賀県と千葉県の勝者と、開催地の割に組み合わせには恵まれていない今大会ですが、埼玉県選抜はここまで非常に良くまとまったいいチームに仕上がっていますね。

試合終了後の挨拶

今日の先発メンバー昨年の静岡国体で1回戦負けに終わっている埼玉県選抜。
地元開催となる今年は同じ過ちは繰り返せません。

最終的な選抜メンバーは以下の通りになりました。

監督 守屋 保   42才   (西武台高校)
01 GK 押野 佑季  17才 182cm(県立大宮東高校)
02 DF 鈴木 貴久  17才 179cm(市立浦和高校)
03 DF 星野 崇史  17才 175cm(レッズユース)
04 DF 志田 亮輔  17才 179cm(西武台高校)
05 DF 福田 俊介  17才 187cm(西武台高校)
06 DF 堤  俊輔  16才 179cm(レッズユース)
07 MF 大山 俊輔  17才 178cm(レッズユース)
08 MF 竹内 聡   16才 167cm(県立伊奈学園総合高校)
09 FW 河原 和寿  16才 172cm(県立大宮東高校)
10 FW 荒木 宏光  17才 165cm(県立大宮東高校)
11 FW 島田 祐輝  17才 167cm(西武台高校)
12 GK 大橋 基史  16才 177cm(レッズユース)
13 FW 杉本 裕之  17才 179cm(西武台高校)
14 MF 西澤 代志也 16才 174cm(レッズユース)
15 MF 荒井 達至  17才 177cm(県立浦和東高校)
16 DF 室山 勇太  17才 174cm(県立大宮東高校)

埼玉スタジアム2002

(福岡県少年選抜)
-------01田中敬-------
04大坪--02増本--03近藤徹-05市川
-----07要---14藤田-----
--08木佐木-------11久光--
-----09葛城--10財津-----
.
-----10荒木--09河原-----
--11島田--07大山---14西澤--
-------04志田--------
03星野--06堤---05福田--02鈴木
-------01押野--------
(埼玉県少年選抜)
(35分ハーフ)
'05 埼玉 【得点】 05福田 1-0
'23 福岡 【交代】 01田中→12坂本
'57 埼玉 【得点】 09河原 2-0
'61 福岡 【交代】 05市川→06園田
'63 埼玉 【交代】 14西澤→08竹内
'63 埼玉 【交代】 09河原→13杉本
'69 埼玉 【交代】 07大山→15荒井

先制点は試合開始5分でした。大山から志田につないで、なぜか右サイドに上がってきたCBの福田のグラウンダーのセンタリングがそのままゴールを割った得点でした。
実はこの得点、ちょっと目を離している時に決まってしまい、得点者を聞いてセットプレイからだったのかなと思っていました。何であのタイミングであんなところに上がっていたのかがよくわからないんですが…。
埼玉選抜はその後も西澤、島田の両サイドから攻め上がります。
前半に関しては、福岡県選抜ははっきりとした攻め手が無いようでした。
公式記録によると、前半のシュート数は埼玉10に対して福岡2。決定機の数はシュート数に表れています。

試合終了後の挨拶後半の福岡は11番左サイドの久光のスピードと10番財津のテクニックを生かして攻撃します。
埼玉はディフェンスがやや軽く、一発でスライディングで行ってかわされてゴール前まで切り込まれたり、福岡のチャンスも多くなります。
埼玉はこの局面をGK押野とDF堤を中心として乗り切り、57(後半22)分に星野のクロスを受けた河原がDFをかわしてシュート、追加点を奪います。
後半のシュート数は9-8ですから、前半とはうって変わって互角の展開でした。
ただ両チームとも外しすぎでしたかね。

埼玉選抜の面々

いくつかニュースを。

菅野監督退任

04.08.29 育成関係人事について
浦和レッズユースの菅野将晃監督が退任し、村松浩 育成グループマネジャーが監督代行を務めることになりました
未成年選手に酒…浦和ユース監督退任
 浦和は29日、ユースの菅野将晃監督(43)の退任を発表した。同監督は7月下旬からJビレッジで行われた日本クラブユースでの準決勝敗退後、落ち込む選手に食事の席でお酒を勧めたととられかねない行為をしていた。未成年の選手を預かる立場での軽率な行動だったことから本人が退任を決断し、事態を重く見たフロントも了承した。後任には強化育成マネジャーの村松浩氏(45)が監督代行として就任する。
[2004/8/30/06:59 紙面から]

ちょっとネタとしては遅いですが…。
菅野監督が退任されました。
理由は上記の通り、選手に「お酒を勧めたととられかねない行為を」したということで、自身で決断されたようです。
いまどきの高校生なんて普通にお酒なんて飲んでるだろうなんていうのは差し置いて、準決勝敗退、それも去年決勝で圧倒されて負けたサンフレッチェユースに対するリベンジを果たせないままの敗退で落ち込んでいる選手たちを慰める言葉で、退任しなければならないというのは非常に残念です。
監督はユースの選手たちにも慕われており、チーム作りの上では守備と攻撃のバランスを取るのに最後まで苦労していた印象もありますが、高校のサッカー部の監督以上に情熱的に檄を飛ばすことのできる得がたい指導者でした。

恐らくはクラブユース育ちの選手に特有の課題である、緊張感や競争意識への慣れのようなもの(かつて鈴木慎吾選手が契約を切られたあと、横河電機で得たようなものというべきでしょうか)をあるいは呼び覚ましてくれるのではないかと思っていました。
今期のチームは左サイドバックの星野選手やFWの市川選手に象徴されるように、“熱い”チームになりました。

ユースへ就任の際もJFLのチームの監督就任の話を断って来てくれたということで、もちろん監督という公的な立場で犯した間違いは悪いことに間違いはないですが、またいつか戻ってきて欲しいものです。
そして監督のやりたかったこと、やらせたかったこと、育てたかった選手を最後まで見てみたいと思います。

大山選手二種登録

04.09.05 レッズユース、大山俊輔選手をトップ登録
浦和レッズユースに所属する大山俊輔選手をトップチーム出場可能選手として登録いたしました。
大山俊輔(おおやま しゅんすけ)
  1986年4月6日生まれ(18歳)MF
   背番号:34
179cm/65kg
大宮ストライカーFC→浦和レッズジュニアユース→浦和レッズユース

サテライトではずっと33番の背番号を付けており(他の選手が空き番号をつけているのに対し)、いつ正式に登録されるのだろうと思っていましたが、シーズンも峠を過ぎたこの時期になって登録されました。
中村選手も細貝選手の特別指定認可→二種登録が決まってから31(中村選手)、32(細貝選手)と決まりましたが、大山選手もネネの登録が済んでからネネの33に続く34ということの発表がありました(ひょっとして他の登録の手続きのついでにやってる?)
余談ではありますが、登録DFのネネの獲得でファンタジーサッカーも全員レッズの選手で行けそうです。

大山選手はサテライトにも多く出場していますから、ご存知の方も多いかと思いますが、右のウィングの位置でプレーすることが多く、シーズン序盤のサテライト(アウェー)ジェフ戦では機械のように右サイドから何度でもクロスを上げつづけるプレーが特徴的でした。
彼は両足でクロスを上げることができるため、左サイドでもプレーできます。
右ではカーブをかけたくせ球を、左では素直なストレートなボールが結構正確に届きます。
永井や達也ほどではないですが、ドリブルもできる典型的なアウトサイドプレーヤーです。
が、今シーズンはシーズン当初の小尾選手の怪我で本来ボランチの川嶋選手が最終ラインに下がったこともあるのか、ボランチないしトップ下でプレーすることも多く、地元国体に燃える埼玉県代表(少年男子)チームでも中心選手として活躍が期待されています。

層の薄い左サイドならば(怪我人の状況次第では右サイドでも)、あるいは今シーズンにもベンチに入ることもまったくありえないことではない、そういう選手です。

Little Diamonds 創刊

レッズとしては初めての試みである、ユース、ジュニアユースといった下部組織の活躍を伝える広報誌がこの度創刊されました。
返信用の120円切手と送付先のメモを同封してレッズの広報グループ宛に依頼を送れば送ってもらえます(詳しくはMDPを参照のこと)し、レッドボルテージや大原サッカー場のクラブハウスには置かれるそうなので、そちらで参照することもできそうです。
体裁はA4見開きですから4ページ、先日第1号を送ってもらいましたが、中2ページはプリンスリーグ関東や全日本クラブユースから、柏レイソルフェスティバルや養和サッカー大会などの出場記録が記載されている貴重なものです。

あとは今後の試合の予定などを書いてくれれば完璧ですが、何せ創刊号ですから(9月までの試合の出場記録を書かないといけない)、今後に期待ですね。
このくらいの情報は、オフィシャルHPに書いてくれてもよさげな気もしますが、ここはクラブの新たな努力を素直に評価したい(なんか偉そう)と思います。

東農大浦和グラウンドいつの間にか最終節を迎えたU-16埼玉県TOP1リーグの埼玉栄高戦へ行ってきました。
レッズユースはここまで3勝2敗1分(市立浦和高、浦和東高、大宮東高に勝ち、武南高とアルディージャに負け、正智深谷高に分け)で、ジュニアユースの3年生なども多く起用する台所事情を乗り切ってきました。
今日の試合では、蛯原くん、広瀬くんなどが第4審判としてスタッフを務めていました。

----09鈴木竜--10エスクデロ--
---12田中------20高垣---
-----07佐藤--14中山-----
05川原--03村上--08金生谷-11村松
-------31尾崎--------
(40分ハーフ)
【得点】'19 09鈴木竜
【得点】'44 10エスクデロ
【交代】'48 20高垣→13長岡(エスクデロと入れ替わりでトップへ)
【交代】'15 31尾崎→01山田哲
【得点】'60 09鈴木竜
【得点】'78 13長岡
【交代】'79 07佐藤→19矢部

ドイツ帰りの竜基くん、金生谷くん(山田哲くんも交代で出場)に加え、セルヒオもスタメンで出場し、これまでの4-5-1から4-4-2で出場、栄高に進学した中山光くんもFWで出場した相手に4-0で大勝しました。
セルヒオは相変わらずの王様プレーでしたが、FWとして、あるいはMFとして、久しぶりのゲームだからかそれなりに利いたプレーを見せていました。
洋行帰り(笑)の竜基くんは成長と筋トレなどの効果もあるのか、だいぶ身体ができてきました。セルヒオとともに来月から始まるJユースカップでも出番があるかもしれません。

今日の勝利で4勝2敗1分の勝ち点13となり、5勝1敗1分の武南高に次ぐ2位ということになりました。
昨年のこのリーグのように他チームを圧倒するということはありませんでしたが、このリーグの意義を考えれば、いい傾向なのではないでしょうか?
ジュニアユースからの出場選手の出番が増えたことも含んで、うまく運んでいるかと思います。

埼玉スタジアム2002ナビスコカップの準々決勝はレッズがグループ1位で通過したため、ホームの埼玉スタジアム2002で開催されました。
会場による相手との対戦成績に基づくジンクスなどはあるにせよ、この相手とホームで戦える有利さは計り知れません(もっとも、ホームというにはいささか寂しい観客の入りでしたが)。
ホームとしての埼スタの雰囲気もだいぶ出来上がってきました。
これも福田の引退試合やJリーグの公式戦でのいくつもの厳しい対戦を繰り広げた賜物でしょうか。

相手のマリノスは中澤、久保、松田の3人が日本代表に召集、遠藤とドゥトラは怪我で欠場とメンバーを落としての対戦です。
加えて柳想鐵が前半23分で負傷交代したため、さらに苦しくなったようですね。

試合の方はニッカン式スコアにある通り、シュート数でも20対9(枠内では9対7)と圧倒することができました。
主審の岡田氏がナイーブな笛を吹いたこともありますが、対戦相手を考えれば失点がやはり多すぎますね。
まぁ正直今日のメンバーを相手では、両クラブの力関係の云々を語ることはできないでしょう。

さて、今日は試合前にボーダフォンカップの半券の引き換えが行われました。
特典としては今日の試合のSA席招待券(結局濡れながら自由席で見ましたが)、それと非売品のタオルマフラーです。
SA席に顔を出してみると、ツアーで一緒になった人の何人かと久しぶりに顔を合わせることができましたが、一瞬だけロンドンの空気を思い出せたような気がしました。

チームもマンチェスターで味わった経験を生かして、ナビスコカップでは準決勝へ進出しました。
リーグ戦も2ndステージではこれまで3連勝で来れています。
今度は日本のトップチームとして、世界にまみえたい、ボーダフォンカップのパンフレットにあるレッズのチーム紹介を見ながら、そんなことを考えていました。

04.08.30 Jサテライトリーグ・アウェイゲームvsFC東京戦

2004年8月30日(月)18:01キックオフ・江戸川区陸上競技場
FC東京1-0(前半1-0)浦和レッズ
得点者:FC東京、前田(9分)
メンバー
GK山岸
DF中川、小林、南
MF西澤Y(71分渡部)、大山Y、堤Y、細貝、武藤Y(HT小池Y)
FW横山、梅田
SB徳重、宇賀神

教育リーグの日程を延期したり(8月25日の群馬FCホリコシとの試合も延期になったようです)と多方面にご迷惑をおかけしている(別にサテライトの選手が迷惑をかけているわけではないけれど)サテライトチームですが、今週の月曜(8/30)に9戦目となるFC東京とのゲームを行いました。

相手は、TOPチームが現在リーグ首位に立っている浦和。サテライトリーグでも東京より1試合多く消化しているが、グループ内で首位に立っている。

試合開始前の時点で、グループ内で首位であったというのがちょっと驚きなんですが(これだけ負けているのに)、試合の方は上記のFC東京さんの試合記録を見ていただいた通り、内容的には圧倒されつつ0-1での敗北とのこと(シュート数で3-18とか)。

レッズの布陣は、怪我から復帰の小林を中央に中川、南のDFコンビ、西澤、武藤のユースっ子の両サイドハーフに恐らくは細貝、堤のボランチで大山がトップ下に入ったことでしょう。
トップ下に入ることが多い千島、新井は怪我らしいです。
後半から小池を投入、西澤を左に回して1点のビハインドを追いかけたといったところでしょうか?
71(後半26)分に西澤に代えて渡部を投入していますが、彼(本職ボランチ)はそのまま左サイドでプレーした可能性もあります(アルディージャ戦が確かそうだった)。
あるいは堤と入れ替わりでボランチに入ったか(堤は昨年のU-16リーグあたりでは左サイドバックとして出場しています)ですね。

しかしなぜFC東京とのサテライト戦(アウェー)はいつも平日に行われるのでしょうか?
まぁ小中高、大学生あたりは夏休みですから関係ないのかもしれませんが。
単なる愚痴ですが、18時から江戸川というので、試合には行けませんでした(せめて19時なら…。あるいは会場がアミノバイタルだったら…。)。

さて、今年は例年では考えられないほどユースの選手がサテライトに使われています。
先日、あるサテライトに出場しているユースの選手のご両親と世間話をする機会があったのですが、やはりそうした機会がすごく勉強になるそうです。
息子さんはユースでは当然有力な選手であるわけですが、サテに混じるとまったく何もさせてもらえないという感覚になるそうです。
周りの選手は(対戦相手も含めて)、ぶっちゃけトップで試合に出るにはどこか足りないところがある人もいるわけですが、それでもそれだけレベルが違う、そうしたところで一緒にプレーする機会があるというのは非常に大きなことでしょう。
(他にも試合となれば前後半で新しいユニフォームが用意されていて、自分で洗濯しなくてもいいとか、トップの選手と一緒に練習したり、アドバイスを貰ったり、一緒に汗を流したりするのも非常に刺激になるそうですが)

怪我やら代表選出やらで常時20人近くがトップチームに拘束されている現状では、ユースの選手がいなければ実際にサテライトチームも維持できないという現実もありはしますが、そうした機会があることは、ソフトの運用面で、ハードの整備(与野八王子グラウンドや東農大浦和グラウンド)と両輪となれているのではないかと思います。
まぁあと教育リーグの運営もしっかりしてください。

サテライトリーグ出場記録(8/30時点)
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
3/28 4/4 5/16 5/23 6/6 6/27 7/11 7/18 8/30 10/3
市原 FC東京 新潟 市原 新潟 仙台 大宮 仙台 FC東京 大宮
合計 8 720 会場 姉崎 駒場 新発田 埼玉2 埼玉2 熊谷 大宮 仙台 江戸川 駒場
出場 時間 得点 1-1 0-0 1-0 1-2 0-1 3-3 3-0 6-2 0-1
01 山岸範宏 2 180 0
05 室井市衛 1 90 0
08 山瀬功治 1 90 0
12 三上卓哉 5 405 2 ○ 1 ▽45 ○ 1 移籍
15 千島 徹 7 630 3 ○ 2C ○ 1
18 西村卓朗 6 540 2 ○ 1 ○ 1 移籍
20 堀之内聖 8 720 0
21 徳重健太 6 540 0 SUB SUB SUB
22 小林宏之 5 398 0 ○ C ▽38
24 梅田直哉 7 577 3 ▽45 ○ 1 ▽82 2
25 中川直樹 8 720 0 SUB
26 南 祐三 6 540 0 ○ C SUB SUB
27 横山拓也 5 439 1 ○ 1 ▽79C SUB
28 加藤順大 1 90 0 SUB SUB SUB SUB SUB SUB
29 新井翔太 8 720 2 ○ C ○ C ○ 1 ○ 1
30 岡野雅行 1 38 0 ▽38
31 中村祐也 0 0 0 SUB
32 細貝 萌 5 394 0 ▲45 ▽79
Y3 大山俊輔 8 520 0 ▲52 ▲45 ▲30 ▲33
Y3 武藤勝利 4 297 0 ▽80 ▽82 ▽45
Y2 宇賀神友弥 1 8 0 ▲08 SUB
Y2 小池純輝 4 270 0 ○ C ▽45 ▲45
Y2 堤 俊輔 4 281 1 SUB ▲11 ○ 1
Y2 西澤代志也 2 116 0 ▲45 ▽71
Y2 野島康宏 1 11 0 ▲11
Y2 渡部竜二 3 74 0 SUB ▽45 ▲10 ▲19
Y1 エスクデロ 3 162 0 ▽60 ▽57 ▲45
Y1 金生谷仁 1 52 0 ▲52
Y1 鈴木竜基 1 8 1 ▲08 1

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