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最後の試合

三年生の最後の試合というのは大抵負けて終わっています。
レッズのジュニアユースに入って6年、ユースに入って3年、3年の夏から秋にかけての時期に、その機会は必ずやってきます。

去年は2005年10月2日、高円宮杯ユース選手権の決勝トーナメント1回戦、星稜高校戦@藤枝総合運動公園サッカー場が最後の試合でした。
チームはまだまだ勝ち抜く気でいましたし、周囲もここで終わるとは思っていませんでした。
それだけに堤主将以下、ショックを隠し切れない様子でした。

一昨年はプリンスリーグ関東の順位決定戦が最後でした。
勝ち上がれば高円宮杯出場の権利があるので、当然それを勝ち取るつもりでいました。
チームは2004年8月19日に水戸ツインフィールドで流経大附属柏高校と対戦、0-1で敗れました。
これで高円宮杯出場の目はなくなったわけです。
翌週の8月21日に5位決定戦があり(トップチームの試合と被ったので見れなかったけれど)、ユースは1-2で細貝のいた前橋育英高校に敗れます。
大山キャプテンや星野副キャプテン(流経大へ進学)はこれで引退しました。

もっとも、三年生のうち川嶋選手(静岡産業大へ進学)や沢口選手(流経大へ進学)の2人はJユースカップまでチームに残り、12月23日に行われたJユースカップの準決勝鹿島アントラーズ戦@長居第二競技場で1-1のPK負けしたのが最後でした。
我々は長居で去ってゆく彼らを送りました。

その前の年は2003年8月3日に行われたクラブユース選手権の決勝サンフレッチェ広島戦@Jヴィレッジスタジアムで0-3で敗れたのが実質的には最後でした。
もっとも、この学年は元から3年生ばかりが先発だったわけではなく、決勝戦自体も大場キャプテン(東京学芸大に進学)、古俣選手(城西大へ進学)、橋本選手、峯岸選手(尚美大へ進学)、田辺選手(流経大へ進学)、新井選手の6人が3年生で、残りは1~2年生でした。

8月27日にはプリンスリーグの順位決定戦が始まっており、桐蔭学園に2-4で負け、29日のFC東京との9位決定戦は2-1で勝ちますが、この頃にはすでに三年生の多くは引退していたようです。

ただし、10/5に行われたJリーグカップ予選のアルビレックス新潟ユース戦@東農大浦和グランドでは、新井選手と大場キャプテン、川鍋選手(青山学院大へ進学)の3人が先発で出場しており、大場、川鍋の両選手は12/14にJユースカップの決勝トーナメント1回戦で川崎フロンターレに0-1で敗れた試合(東農大浦和グランド)にも出場しています。

その前は鳥取でやった高円宮杯の2回戦(多々良学園高校戦)で敗れたのが最後(中川・加藤の代)、その前は多分夢の島でやったJユースカップ決勝トーナメント準々決勝(ジェフ市原ユース戦)で負けたのが最後(小林陽・秋葉の代)だったと思います(3年生のうち数人は引退していましたが)。

ともかく、みんな負けて終わっています。

今年のレッズユースは、残念ながらクラブユース選手権の出場を逃し、高円宮杯ユース選手権の出場も逃してしまいました。
全国の舞台を逃したのは、高橋厳一選手が3年生だった1998年以来8年ぶりになります。
期待されていた世代だっただけに、本人も周囲も信じられない気持ちでいっぱいでしょう。

もちろん進路(昇格・進学)が決まっていたりする3年生の中には、Jユースカップまで頑張る選手もいるでしょう。けれど、多くのの3年生にとっては、このプリンスリーグ関東の順位決定戦が最後の公式戦、レッズのユニフォームを着れる最後の機会ということになるでしょう。

賭かっているものは来シーズンのプリンスリーグの参加権ですから、3年生にしてみれば自分たちのためというわけではありませんが、後輩たちのために、最後は勝って笑って終わって欲しいと思います。
このシーズンは、後悔で涙を流す機会が何回もありました。
最後は笑って、胸を張って自分たちの強さを誇れる試合にしましょう。

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