サッカーの世界で言ういわゆる「ダービーマッチ」とは、同じ地域にあるチーム同士が自らの正統性・優位性などを証明すべく争う、時として単なるサッカーの試合という次元から離れることすらある対戦です(ウィキペディアの「ダービーマッチ」の項)。
浦和レッズと大宮アルディージャの、いわゆる「さいたまダービー」については、実績的に浦和レッズが隔絶していたこと、NTT関東というアルディージャの母体チームはレッズよりも古くから浦和で活動してきたけれども、1998年に大宮に移って大宮アルディージャとして活動を始めるまで、Jリーグ(を目指す)チームとしては影も形もなかったこと、大宮という地域がサッカーが盛んであった浦和に比べて、野球が盛ん(ラグビーの熊谷とともによくそう称された)という事情もあって、「ダービー」とは言いながらも、これまでそれは名ばかりのものという印象が拭えないところがありました。
アルディージャがJ1に昇格した昨年も、リーグ戦こそ1勝1敗でしたが、カップ戦(ナビスコ予選)ではレッズが2勝0敗、天皇杯準々決勝での対戦もレッズが勝利と実力的にはまだ差のあるところを見せました。
また、昨年のシーズン通しての入場者数(リーグ戦)でもレッズの66万9千人に対して、アルディージャは17万人と4分の1程度であること、レッズがここ数年でナビスコカップ優勝(3年連続決勝進出)、リーグ戦2ndステージ優勝、天皇杯優勝など注目される機会が多かったのに対し、J1昇格1年目のアルディージャがまずはJ1残留を目標としたことなど、両者に差のあることは一目瞭然でした。
このような差は下部組織でもあって、93年の活動開始以来、ユースは全日本クラブユース選手権で優勝1回、準優勝2回、プリンスリーグ関東にも関東スーパーリーグ時代から4年連続で参加、ジュニアユースも全日本クラブユース選手権で優勝2回、全日本ユース選手権(高円宮杯)でも優勝2回を数えるレッズに対して、アルディージャは2000年の活動開始と出遅れた(ジュニアユースは2002年から)こともあって、まだ全国的な実績は残せていません。
実際のところ、ほんの数年前までアルディージャのユースは対戦相手として脅威ではありませんでした(見ている立場として)。
近年、中学生年代の県内サッカーの勢力図は、レッズ、アルディージャにクマガヤSC、狭山ジュニアユース、坂戸ディプロマッツなどが拮抗した状態にあります。
アルディージャのジュニアユース育ちの初代である89年度生れ組は全クラの県予選でレッズを降して県大会優勝、全国ではベスト16(レッズは関東大会で敗退)。柿沼貴宏、渡部大輔の日本代表を擁していますし、90年度生れ組はレッズがFC浦和の全小優勝組を中心として、山田直輝、高橋峻希の日本代表を擁して昨年全クラと高円宮杯の2冠を制覇しました(アルディージャは全クラは県予選敗退、高円宮杯は県クラブ予選で敗退)。狭山Jrユースも高円宮杯で準決勝へ進出、レッズに西ヶ丘で敗れるも善戦しました(レッズへ進んだ山地翔がこのたびU-16日本代表に選出)し、91年度生れ組は江南南の全小優勝組がナイキカップで全国優勝(レッズは県クラブ予選で、アルディージャは県予選で敗退)、香港で行われた世界大会へ出場し、坂戸ディプロマッツはレッズで昇格した小池、マリノスの長谷川アーリア(日本代表)など有力な選手を輩出し続けています。
昨年はついに89年度生れ組を1年生として擁したアルディージャが8月3日に全日本クラブユースの決勝トーナメント初戦でレッズと対戦、多少サプライズな面もありましたが、レッズが敗れるという結果もありました(おそらく全国大会での対戦はこの時が初めてだったと思います)。
ちょうど前月の7月9日、レッズのトップチームが初めてアルディージャに公式戦で敗れた後のことです。
そんな中で迎えた浦和カップ高校サッカーフェスティバルの決勝、ピッチに立ったのは昨年の対戦を2年生以下として迎えたレッズとアルディージャのユースの面々でした。
お互いにフジパンカップの県南東選抜や北西選抜で一緒になったり、県選抜や県トレセンで顔見知りの間柄、ベンチには2年生になったアルディージャの89年度生れ組、1年生としてユースへ昇格したばかりのレッズの90年度生れ組が控えます。
2006年4月6日(木)
浦和ユースが初V
高校サッカー浦和カップ
サッカーの第27回浦和カップ高校フェスティバル(埼玉新聞社など共催)最終日は5日、浦和駒場スタジアムなどで決勝、順位決定戦などが行われ、浦和ユースが大宮ユースを2―1で下し、さいたま対決を制して初優勝した。
浦和は前半23分、高橋の左クロスをきっかけに佐藤が決めて先制。大宮の深いラインにてこずり、後半20分には逆襲から失点したものの、35分に鈴木が決勝ゴールを決めた。
3位決定戦では市浦和が1―0で前橋商(群馬)を退けた。5位は三菱養和(東京)、6位には柏日体(千葉)が入った。
最優秀選手(MVP)には優勝した浦和ユースのMF金生谷仁が選ばれ、優秀選手とともに埼玉新聞社からトロフィーが贈られた。
楽しくチーム一つに
最優秀選手・金生谷仁の話 チームも優勝できて、うれしいの一言。ボールをつなぎながら、楽しいサッカーができた。チームが一つになって、いいスタートが切れた。今後はもっとテンポ良く攻めたい。
【最優秀選手】MF金生谷仁(浦和ユース)
【優秀選手】GK 松本渉(大宮ユース)土田健太(前橋商)▽DF 金子大樹(浦和ユース)▽MF 矢部雅明(浦和ユース)川辺隆弥、横田和貴(以上大宮ユース)大塚寛之(市浦和)▽FW 鈴木竜基、蛯原弘貴(以上浦和ユース)原田知樹(市浦和)小林定人(前橋商)
▽決勝▽ 浦和ユース vs 大宮ユース
浦和が大宮の守備的な戦術に手を焼きながら、2得点して勝った。
浦和は個人技で上回った。前半23分、高橋の左クロスを鈴木がはたいた後、佐藤がけり込んで先制。スリッピーなピッチに加え、大宮の深いラインになかなか追加点を奪えなかったが、後半35分、一ノ瀬のパスを預かった鈴木が決勝ゴールを決めた。
大宮は後半20分、狙い通りに速攻から柿沼がけり込んだ。終盤からはラインを上げ、3トップ気味にして攻めたが、決定機をつくれなかった。
悪条件も好パスで流れ
拳を突き上げて喜ぶ選手たちの姿がすべてを物語っていた。ようやくつかんだ初優勝。浦和の広瀬監督は「選手は本当によくやってくれた。この経験を今後に役立てていきたい」と、幸先いいスタートに気分を良くしたようだ。
雨で滑りやすいピッチ状態でも、パスを丁寧につないでゴールを目指すスタイルにこだわった。鈴木の決勝点を含む後半3度の決定機は、いずれも流れの中からの好パスで築いた。それでも広瀬監督は「どんな相手でも天候でも、しっかりつなげるようにしたい」と貪欲(どんよく)な姿勢を示す。
モチベーションは高かった。昨年の日本クラブユース選手権決勝トーナメント1回戦で大宮に敗れた。同じJ1の下部組織としてのプライドもある。主将の金生谷は「やっぱり大宮はほかのチームよりも意識した。さいたまのJリーグのユース同士だし、負けたくなかった」と大会こそ異なるが、しっかり意趣返しした。
広瀬監督を喜ばせたのはジュニアユースからの昇格組のパフォーマンス。決勝ではU―16(16歳以下)日本代表の山田直が後半からトップ下で起用され、柔らかいパスで攻撃を組み立て、非凡な才能を見せた。「上級生もうかうかしていられない。(チームが)活性化している」と指揮官。
9日にはプリンスリーグU―18関東が開幕する。山田直は「今はポジションを奪うのが目標。どんどんアピールしていきたい」と頼もしい言葉が返ってきた。
鈴木が執念の決勝ゴール
後半35分、一ノ瀬のスルーパスに反応した鈴木が決勝ゴールを決めた。1度シュートしてはじかれたボールを再びけり込んだ。「どうしても何としても決めたかった。優勝できて本当にうれしい」と殊勲のFWは達成感いっぱいの表情を浮かべた。
予選リーグから通じて計7得点。スペースへの飛び出しや得点感覚に優れたストライカーだが、鈴木は「今日はもっと決められた。チームとしての結果には満足しているが、まだまだ。プリンスリーグでゴールを狙っていきたい」と自分に言い聞かせていた。
組織的プレスで善戦
大宮ユースの初優勝はお預けとなった。「先輩の記録を超えたかったし、レッズだから勝ちたかった」と主将の吉田は悔やむ。2年ぶり2度目の決勝、しかも同じJ1クラブの下部組織である浦和ユースと対戦。並々ならぬ意欲は、結果にはつながらなかった。
個々の技量ではライバルが勝ったが、弱気にはならなかった。ラインを高く保ち組織的にプレス。センターバックの吉田は「勇気を持って押し上げた」と振り返る。逆襲から浦和ユースのゴールを脅かした。
後半20分、渡辺の右クロスを途中出場の柿沼がけり込み、同点にした。渡辺と柿沼はU―17県トレセン選抜のメキシコ遠征から4日に帰国したばかり。2人は「疲れはあったが、そんなこと言ってられない」と必死だった。
元川越南高教諭の山崎監督は、この4月から転身した。「教育とプロ選手を育てるのでは求められることが違うが、早く自分のスタイルを出したい」と所信表明。新生・大宮ユースにとっては上々な第一歩だ。
両者の対戦が「ダービーマッチ」と自然に認められるようになるのは、サポーターの意識が鍵となります。
現状での両者は差がありすぎて、多くのレッズサポからすれば、アルディージャからプレッシャーを感じられないのが現実です。
旧浦和市と旧大宮市という地域対立も、浦和側はそのプライドの高さで大宮を同次元の相手と認めずに受け流していた節もあります(浦和は政治・文教の街、大宮は商業の街と称していた)。
しかしながら、こうした若い世代にとっては、レッズとアルディージャは、下部組織の力関係から、手の届かないほど差のある相手ではなく、浦和のプライドとコンプレックス、大宮の実力と反感といった過去の感情も、その原因が合併で失われた今日では、ライバルだったという現象しか実感できないでしょう。
彼らの世代が第一線の選手、あるいはサポーターとなるだろう3~4年後には、それが自然なものになる可能性もあります。
だとすれば、これは「ダービーの萌芽」なのかもしれません。
あと余談。
レッズの浦和カップ決勝進出が11年ぶり2回目ということは、前回は1995年ということで、それはつまり鈴木慎吾、神野真郎、伊賀光博らが3年生の代ですね。1年には三木崇史、村山浩史、高祖景一などがいたはずです。
下部組織の浦和スポーツクラブ時代の最後の年ですね。
それ以来実力的にはプリンスリーグなどでも県内の高校チームなど問題にしなくなってきた近年でもどういう巡り合わせか勝てなかったんですよね。