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ユース・ジュニアユースの戦歴

ちょっと気になったので作ってみました。
間違っているところもあるかもしれません。

ユース/Jrユースの戦跡
生れ ジュニアユース ユース 昇格
監督 全クラ 高円宮 ナイキ 監督 関東L 全クラ 高円宮 Jユース 天皇杯
1975 浦和SC - GL
1976 - GL
1977 - GL 鈴木慎吾
神野真郎
伊賀光博
1978 浦和SC 原博実 - GL
1979 吉田靖 - 優勝 4強 8強 三木崇史
1980 優勝 吉田靖 - 関東 不出場 8強 準優勝 高橋厳一
1981 辻谷浩幸 坂庭泉 - 5位 8強 初戦 4強 千島徹
岩本隼児
1982 名取篤 池田太 - 3位 8強 GL 初戦
1983 名取篤 16強 関東 名取篤 - GL 不出場 8強 初戦 小林陽介
1984 名取篤 8強 関東 名取篤 4位 準優勝 8強 4強 4強 加藤順大
中川直樹
1985 辻谷浩幸 関東 名取篤 9位 準優勝 不出場 16強 4強 新井翔太
1986 淀川知治 優勝 菅野将晃
/村松浩
6位 4強 不出場 4強 初戦 大山俊輔
中村祐也
1987 淀川知治 関東 関東 広瀬治
1988 淀川知治 16強 関東 エスクデロ
1989 名取篤 関東 関東 関東
1990 名取篤
1991

全国につながる大会のみ取り上げています。
全クラ:全日本クラブユース選手権、JrユースはU-15、ユースはU-18。
高円宮:高円宮杯全日本ユース選手権、JrユースはU-15、ユースはU-18。
ナイキ:ナイキプレミアシップジャパン
関東L:1984年生れ組のみU-18関東リーグ、1985年生まれ組以降はプリンスリーグ関東。
Jユース:Jユースカップ。
天皇杯:天皇杯県予選。すなわち彩の国カップ(本戦)。

順位や○強(ベスト○)、優勝や準優勝と書いているものは全国大会の結果(天皇杯県予選を除く)、県、関東とあるのはそれぞれ埼玉県大会、関東大会で敗退、GLとあるのは全国大会の予選グループリーグで敗退、初戦とあるのは全国大会の決勝トーナメントで初戦敗退したということを示しています。
?は記録が良くわからないものを。
-は大会が行われていないものを指します(関東スーパーリーグを除く)。
不出場はユースの高円宮杯ですが、出場資格を満たせず不出場に終わったことを示します。
監督欄の浦和SCは下部組織を「浦和スポーツクラブ」に委託して運営していた時代で、現役を引退したセルヒオ・エスクデロ(セルヒオ父)が指導に携わっていたはずです。

表はわかりやすいように生れ年で揃えています。大会の成績欄は、ユースもJrユースも3年時のものになっています。従って、例えば千島徹なら、1981年生れの欄を見て、ユースでは坂庭泉監督の下、全クラ5位、高円宮杯ベスト8、Jユースカップは決勝トーナメント初戦敗退、天皇杯の県予選ではベスト4になったことがわかります。
さらに、これは3年次なので、ひとつ上の欄が2年次、もうひとつ上が1年次です。
Jrユースも同様ですので、上の千島の例でいえば、出場していたかどうかはともかく、中学2年次に高円宮杯優勝、高校1年次に全クラ優勝、高校2年次に天皇杯県予選準優勝だったということになります(実際には全クラの決勝戦には高校1年で出場し、大会優秀選手に選ばれています)。

ナイキプレミアカップについては、県予選がU-13の大会なので、2マスずれています。そのときのJrユースの監督を知りたければ左の2マス上がそうです。つまり、大山俊輔、中村祐也の代の県大会敗退した監督は名取篤ということです(ただし1年生のチームはコーチが率いていることもあります)。

セルヒオはまだ昇格したわけではないですが、2種登録は果たしたので一応(もうユースではプレーしないでしょうし)。

これによると、ユースはプリンスでグループ2位以内を確保しましたから、順位決定戦の初戦に負けても5位決定戦へ進むので、6位以上が確定。
その順位決定戦か5位決定戦のどちらかで勝てば高円宮杯への出場も確定。
高円宮杯に出場できれば、3年ぶり5回目の出場となります。
全クラへの出場も確定しました。こちらは7年連続(たぶん)8回目。
天皇杯県予選・彩の国カップ(本戦)への出場も確定、これはとりあえず8年は連続です。

ジュニアユースは全クラ出場まであと1勝、2年ぶり(たぶん)5回目の出場。
高円宮杯は関クラで決勝まで進めば県大会をシードされて関東大会から出場となります。

さて、こうして見るとJrユースからユースを通じて、決勝戦まで行った経験が最も多いのは、高橋厳一、千島徹、岩本隼児の高円宮(U-15)1回、全クラ(U-18)1回の計2回優勝+天皇杯県予選準優勝の代と、全クラ(U-15)優勝、全クラ(U-18)2年連続準優勝の大山俊輔、中村祐也の代が双璧ですね。

今年優勝を飾れば、優勝2回、準優勝1回でこれまでの記録を超えられます。

下部組織については、最近力を入れ始めたんだなんてよく言われます。
確かに与野八王子グランドや、レッズランドといった設備面の整備、Jrユース→ユースのタイミングでの外部の有力選手の加入、GKコーチやトレーナーをユースとJrユースで別々に持つようにしたり、ユースの有力選手をサテ(トップ)といっしょに練習・練習試合させるようにしたりだとか、果ては寮を建設しようだとか、それはもちろん色々な施策が取られていて、それはそれぞれに様々な効果をもたらしているのですが、そうした施策が取り入れられる前にも、みんな頑張って成果を残していたんだよということはぜひ主張したいところです。

不幸にして目下のところスタメンを飾るユース出身の選手はいませんが、トップへの昇格、つまりはトップチームの戦力補強への貢献という面では、Jクラブの新卒獲得状況(1999-2005)このあたりを見ていただいてもわかるとおり、決して少なくないです。

いや、スタメンで出るような選手がいなかったら意味ないじゃないかなんておっしゃる方もいるかもしれませんが、そんなのは後だしじゃんけんでいくらでも言えること、過去については誰もが見えて物も言えますが、未来についてはわかりませんからね。わかった気になってる人は少なくないですが。

ユースについては暖かく見守るなんていうことのためでなくても、あとで自分の言ったことを後悔しないためにも、慎重を期すべきだと思いますね。
特に評価とかは。ほんの何週間で劇的に変わる子とかいますからね。

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