04.12.03 新加入選手内定について[PDF]
来シーズンの新加入選手として、レッズユースから大山俊輔選手(18歳)と中村祐也選手(18歳)の加入が内定致しました。
詳しくはPDFをご覧下さい。
彼らがまだ中学生だった3年前(いやもっとするとそれ以上前)からそう予想はされていましたが、大山俊輔、中村祐也の両選手の昇格がついに決まりました。
彼らの代は、ちょうど高3時に地元国体が開催されることが決まっており、それに備えてずいぶん前から力を入れて強化されてきました。
私にとっては初めてJrユースの試合を見た代になります。
大山俊輔選手は大型FWとしてずいぶん前から期待され、Jrユースの頃から世代別の代表としてチームを離れることが多く、彼の存在は、当時の淀川Jrユース監督に彼がチームに戻ってきたときだけ通常の4-4-2から彼を3トップ気味にサイドに張らせた3-4-3というか3-5-2という感じにチーム全体のフォーメーションを変更させるほどでした。
その当時はFWとしての動きにバリエーションを持たせるためとか考えられていましたが、結局右サイドのウィンガーとして成長しました。
もっとも、代表ではその当時左サイドでプレーしていたそうで、当時から左右両サイドでプレーできる柔軟性があったことが窺えます。
転機になったのは今シーズンで、春先にDFの要であった小尾くんが県選抜の試合で大怪我を負って長期離脱を余儀なくされ、本来ボランチの川嶋くんが最終ラインに入ったりしたことなどもあって、彼はこのシーズンをボランチとしてプレーするようになります。
元よりセンスのあった彼でしたが、初めてのこのポジションでも意外な適性を見せ、チームを引っ張りました。
また、ボランチとしてバランスとディフェンスを重視する経験が、彼の新たな側面を発掘することにもなったようです。
先日の2ndステージ第14節対柏レイソル戦で彼は浦和レッズユースに現に所属中の選手としては初めて公式戦出場を果たしましたが、最初は岡野と交代で右サイドへ、次に啓太と交代した横山が左サイドへ投入されると、平川が右サイドに回って彼はボランチへポジションを変えてプレーしました。
また、ボランチとしてディフェンスに気を配りながら、時には右サイドへ開いて縦へ突破するようなシーンもありました。
FWのスペシャリストとして期待されていた彼が、ユーティリティプレーヤーとして実力を発揮した象徴的なシーンですが、どのポジションでも高い能力を発揮できるようになったことで、むしろ有用性の高いプレイヤーとなりました。
彼の特徴は、両足からの精度の高いクロスで、右足ではカーブするくせ球を、左足では素直なボールを狙ったポイントに上げることができます。
また、ボランチとして身につけた守備センスと広い視野、ユースとしてアスレチックトレーナーをつけてフィジカル強化に努めた結果であるしっかりした体幹とバランス感覚は高校を卒業したばかりの選手としてはレベルを超えています。
一方の中村祐也選手はやはりJrユースの頃からチームの中心としてプレーしていました。
当時はチームに中村祐人選手(現西武台高校・中村修三強化担当CMのご子息)という名字はもちろん名前も1文字しか違わない選手がいたため、省略するときには、祐也選手は「中村也」、祐人選手は「中村人」と表記したりもしました。
代表に呼ばれることは大山選手より少なかったですが、そのためもあってチームでは常に彼が中心で、トップ下のポジションでゲームをコントロールしました。
中3のときに夏の日本クラブユース選手権大会(全クラ)の決勝戦に進出、決勝でFC東京を逆転で降して初優勝を飾ると、ユースに昇格する際に大山選手とともに市立船橋高校など有力高校から勧誘があって、無事に昇格するかどうかで私を含むユースファンをやきもきさせたりもしたものでした。
無事にユースに昇格すると、彼は高1からレギュラーとして活躍し、高1、高2と2年連続でチームを夏の全クラの決勝戦へ連れて行きました。
考えてみれば、中3から3年連続で彼は全国大会の決勝に行っているわけですね。
今年同時期にプロへ昇格する下部組織出身の選手の中で、彼より騒がれている選手は幾人もいますが、こと全クラの実績では彼や大山選手を凌駕する選手はいないとも言えるわけです。
特に去年の全クラでは、予選リーグ第3戦のマリノス戦で試合中に頭部を負傷して退場、決勝トーナメント第1戦アントラーズ戦を欠場するも、準決勝のエスパルス戦では頭を包帯でグルグル巻きにして出場、前年に決勝で惜敗した相手に4-0と予想以上の大勝をおさめました。
高3になると、ユース重視の新しい方針の下に、彼は通信制の高校へ編入、トップチームの寮に入ってサテライトで練習する初めてのケースとなりました。
このことはクラブの彼への高い評価と期待を表しているでしょう。
今後このようなケースでトップチームの寮に入るのか、それとも噂されているユースチーム用の寮を作って、そこに入るようになるのか、それはわかりませんが、この機会に彼やクラブが経験したことが後に続く者にとっても大きかったはずです。
しかし、彼自身は残念ながら腰の負傷のため、予定に反してリハビリに専念することになり、夏ごろに一度復帰するのですが、再発して結局一年を棒に振ることになってしまいました。
彼の特徴は、なんと言ってもちょっと独特なキープ力です。
彼が高1のときにサテライトと練習試合をする機会があったのですが、当時山根、渡辺、堀之内、西村、三上、土橋と実力者揃いのサテライトに囲まれながらボールをキープし、結果2-1でユースが勝つという番狂わせ?を演じたりもしました(その試合の詳細)。
また、機を見た攻め上がりとセンスのあるシュートで、プレッシャーのきつい中盤で実力を発揮します。
性格的にはちょっとクールに見えるところがあって(それだけに上のエスパルス戦で負傷しながら包帯を巻いた姿で奮戦した様子が驚かされました~実は見てないのですが~)、ポジション的な問題もありますが、調子の悪いときには消えていることもあります。
ただ、そうしたちょっと不完全なところも含めて見ていて面白い選手です。
調子のいいときには凄いプレーを見せてくれますしね。
リハビリの間、恐らくフィジカルの強化なども図っていたはずで、彼が新しいシーズンでどれだけ成長した姿を見せてくれるのか楽しみです。
彼らは、ここ1年やそこらの下部組織改革なんていう動きの中で急に生み出されたわけではありません。もちろん、専任のアスレチックトレーナーが付いてフィジカルの強化を図ったりと、良い影響もあるのですが。
そういったところはこうした選手の育成という点で難しいところでして、3~6年前の成果がようやく今出ているわけです。
さらに言えば、Jrユースに入る前の大山選手ならば大宮ストライカーFC、中村選手ならば上福岡少年少女サッカークラブといったチームの指導者や周辺の人、そしてなんといっても両親の力もあって現在があります。
今日、普通の子供にしか見えない13~15歳くらいの子供が、3~6年後にはもうあのピッチに立つ選手になるのかと思うと、なんだか現実に感じられないくらい新鮮な驚きがあります。
以前犬飼社長が、とりあえずは移籍などによる補強によって強いチームを作り、次に下部組織出身のスターを育てたいと語っていたと思います。
千島選手を筆頭に、加藤選手、新井選手に今回加わった2人が、次のチームを担う柱となるわけです。
一つ前の中川くんの記事のエントリーを試合中の呼び名である「オチ」(由来は彼の出身=与野上落合サッカー少年団より)としたので、こちらも統一してみました。
トップでは暢久も「ヤマ」ですが、今後はどうなりますかね。
普通に「オオヤマ」とも呼ばれてるらしいですが。
コメント (2)
先日大山の激励会に参加しました。大山の横はおばちゃん達のポディション争いが絶えず…。彼との出会いは、高校生の時ですかねー。当時中学入学したてだった彼に完全に翻弄されました。彼は、あんなにイケ面でサッカーすごくうまいけど、とても礼儀正しく謙虚なんです。これからは、プロとしてレッズの一員として大いに頑張って欲しいものです。レッズファンの皆様大山俊輔を暖かい目で見守ってください。
投稿者: おぎやん | 2005年02月02日 23:55
日時: 2005年02月02日 23:55
同期の細貝、赤星、近藤、サントス選手もきっと同じように送られているんでしょうね。
もちろん中学の頃から一緒の中村祐也選手も。
まずは怪我無く、自分の力を発揮して欲しいですね。
投稿者: ShibireKulage | 2005年02月04日 21:18
日時: 2005年02月04日 21:18