文化の日にふさわしい晴天の一日でしたが、ピッチ上は天気ほど清々しくはなく、両チームによって、控えめに言っても「死闘」というにふさわしい闘いが行われました。
ニッカン式スコアにある通り(いや、数字以上に)一方的な内容でしたが、結果には結びつきませんでした。
これを組み合わせとか、相性とかで済ませてしまうのは、いささか簡単すぎますので、少し中身を見てみましょう。
FC東京は基本的にマンマーキングに近い守備システムを取るチームです。
対戦したとき、レッズの選手にスペースが与えられないように見えるのはそのためです。
攻撃は左右のハーフを走らせて、DFの裏を突き、中央の1トップかトップ下に決めさせます。
これにはあるいは高さはあるがスピードはないレッズのDFを考えてのことかもしれませんが。
この相手に対してレッズは左右のウィングバックに対面のハーフをマークさせることで対応します。
しかし、相手ハーフがFWと変わらない位の高さにいるために、ほとんど5バックのような形になり、ボランチ以上が孤立することになります。これは実は、東京ヴェルディ1969がナビスコの準決勝でFC東京に3点を取られた前半の形と同じです。
レッズの3枚のFWに対しては、バックスの4人がそれぞれマークについて、特にエメにボールを持たせないように心がけてもいたようです。
そして前半29分、タイトなプレッシャーでカードが嵩んでいたFC東京DFジャーンが2枚目のイエローで退場すると、試合はかえって難しくなります。
4分後ではありますが、FC東京はボランチの一枚を削ってセンターバックを投入、センターバックを4枚、前も左右のハーフを高い位置に張らす形は維持したため、レッズ側の問題点(左右のサイドを使えない&ウィングバックが低くなりすぎる)は変わらなかったためです。
後半になると、レッズは選手交代こそないものの、永井を右に出し、右にいた暢久を中に入れる従来のフォーメーションに戻すとともに、ウィングバックを相手ハーフのマークから外して攻撃的な高いポジションを取らせます。
これには暢久と啓太、長谷部に、数的優位(ボランチが一枚少ない)を生かしてパスの出しところを押さえさせたために裏を取られる心配が少なくなったためでもあります。
この策は実際に当たり、永井が幾度となく右サイドを破ります。
そして後半から延長戦にかけて、22本のシュートを浴びせますが、最後のところでの精度が甘く、点を奪うことはできません。
しかし逆にFC東京にも、シュートどころかほとんどハーフコートゲームで攻撃の機会も与えず、闘莉王、アルパイ、ネネの高さで弾き返すか、オフサイドを取ってこの間シュート5本に抑えました。
実際のところ、ピンチらしいピンチというのはオフサイド崩れでDFが揃わないところでセンタリングを上げられ、フリーの選手に撃たれたシュートを山岸が好セーブで防いだものくらいだったでしょうか。
この展開では、運・不運で片付けてしまうのもいささか無責任というものでしょう。PK戦に持ち込まれた時点で、結果はどうであれ敗れたも同然でした。
決勝戦である以上、どちらかが優勝を果たし、どちらかが準優勝に終わるわけです。
かつての準優勝は、翌年の優勝という結果をもたらしました。
前年の「悔しさ」が翌年の決勝戦に対するプレッシャーを覆い隠し、自然体で戦うことができたからです。
この試合の「悔しさ」、それもプレーの内容よりもルール上に規定されたPK戦という勝敗を決めるためだけの仕組みによって決まったというもの(ルールですから、理屈で納得できないものではありませんが、感情というのは元々理不尽なものです)。
これはリーグ戦初優勝というプレッシャーを覆い隠すものになりましょう。
成功よりも失敗こそが、次の成長の糧となるものです。