ハンブルガーSVのFW高原の新ライバル候補にコソボ難民が浮上した。4人が参加した9日のテスト試合の結果、アルバニア人でコソボ難民のFWベリシャ・ベシャルト(18)が合格。ハンブルガーSV傘下のアマチュアチーム合流が決まった。ベシャルトは家族とともに当地に来ているが、プロ契約を結ばない場合はビザが下りないため、アルバニアへ強制送還される。家族の命運を一手に引き受けるだけに、アピールは文字通り必死。高原にとっては手ごわいライバルになりそうだ。(ハンブルク・木崎伸也特別通信員)これはまたすごい話ですね。 でもコソボ(ユーゴスラビア)なのになんでアルバニアへ送還?と思ったら、98年のコソボ紛争の結果難民がアルバニアなど近隣国に逃れていたんですね。
政体 : 国連による暫定統治(国連による管理下の暫定自治)典型的なパターンを想像すれば、12~3歳で戦争により家を追われ、劣悪な環境の難民キャンプで数年間育ち、サッカーの才能で食っていくためにハンブルグに出てきたというところでしょうか?
97年は、ねずみ講問題を発端とする暴徒による工場や商店に対する破壊活動により、経済活動はほぼ麻痺状態に陥っていたが、その後、98年5月に世銀・IMFにより3年間の拡大構造調整融資が承認され、復興に向かっている。99年3月のコソヴォ危機後、約40万人のコソヴォ・アルバニア系難民が流入し、経済的悪影響が懸念されたが、むしろ、国内需要が喚起されたのに加え、国際社会からの援助もあって経済は好調である。98年以降は平均7%のGDP成長率を達成している。と、あるようにアルバニア自体は、復興に向かっているようですが、まだあまり余裕があるとはいえないようです。また、同じアルバニア人(コソボにはアルバニア系が多い)といっても、難民キャンプの経済状態はまったく別問題のようでもあります。
本人にとってはサッカーで夢(というよりもっと現実的なもの)を掴むことが第一ですが、チーム的には、U-23に闘莉王が入ったときのように、こういうがむしゃらにやる奴の存在っていうのは周りを刺激するという意味でも大きいんですよね。全員ががむしゃらでは、それはそれでバランス悪いんですけど。
ところでこのコソボ、ペトロビッチやストイコビッチのサッカー人生にも大きな影響を与えたユーゴスラビアの一連の紛争のきっかけにもなってるみたいですね。
つまり、
冷戦の終結の影響?でユーゴスラビアの各共和国で民族主義的な指導者が選出される→危機感を持ったユーゴスラビア政府はコソボ共和国の自治権を縮小→その煽りでスロベニアは独立を宣言→ついでクロアチアも独立を宣言→クロアチア共和国内のセルビア人がこれを不満として自分達の居住地を分離独立、ユーゴスラビアへの編入を主張→内戦→NATOの介入でクロアチア独立→次はボスニア・ヘルツェゴビナで内戦勃発...と続き、今ではスロベニア、クロアチアに加え、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニアが独立、コソボが国連の暫定統治下にあり、ユーゴスラビアの残りの地域はセルビア・モンテネグロとなりました。
宗教的にはスロベニア、クロアチアなどはどちらかというとカトリックが多く、セルビアではセルビア正教が多く(もちろん互いにセルビア正教、カトリックの信者も抱える)、さらにイスラム教徒もいるという複雑な地域です。
セルビア正教というのは、ロシア正教というのと同じく、元々は東ローマ帝国(ビザンティン帝国)の国教であるローマ正教で、カトリックというのはもちろんバチカン(ローマ)を中心としていますから、歴史的な西ローマ帝国、東ローマ帝国の分裂をなぞっているともいえるのでしょうか。そしてもちろんイスラム教を国教とするオスマン・トルコの進出も。
実際には宗教の違いなんかのつながりをある種の口実にして、利益(経済的なものだけでなく、名誉とかの精神面や、憎しみの解消なんかも含めて)を求めてのことなんでしょう。
中央ではもっとも豊かだといわれるスロベニアが一番先にあっさりと独立して、これまた簡単に欧米各国から承認されたりもしてますね(もっとも、そういう利益の追求、きれいな言い方をすれば「歴史の流れ」ってことにもなりそうですよ)。
まぁ余談が長くなりましたが、闘莉王頑張れってことでまとめましょう。タイトルと合ってないな(笑)