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初冬の風景

2月14日、天皇杯全日本サッカー選手権大会の3回戦において、我らが浦和レッズは敗退という形で長い1年間を締めくくった。

相手がJ・League 2nd Divisionを10位で終えた湘南ベルマーレということで非難の声は大きい。去年の天皇杯でもやはり3回戦でJ2のアビスパ福岡に敗れたことから、より怒りは大きいようだ。

だがしかし、よく考えても見て欲しい。同じサッカーをやっている以上、選手がボールを持ってピッチに立ったら、どんなチームにも勝利の可能性は等しくある。
「相手が格下だから」などと言っている人は、そうした事がわかっているのだろうか?
高校生やアマチュアのチームと互角の勝負を演じたよそのチームの例を持ち出すまでもなく、対戦相手を「格下」と考えて得るものはない。相手が「格上」と思って怯えてくれるのはまた別だが。
チームが負けた、「どうしてくれる!」などと言っている人は果たして勝っていたら何かが与えられると思っていたのだろうか。何も与えられはしない、そこにあるのはただ自らの心の中に自ずから生まれる思いだけなのに。
「○○を首にしろ」などと叫ぶ人は、さらに性質が悪い。言っていることが的外れなことが多いことから、知性の存在も疑われる。
大声で市船とマリノスの試合が同点であることを近隣に告げた人、あなたは何をしにスタジアムへ来たのですか?
永井にまじめにやれと叫んでいたあなた、あなた自身はまじめに試合を見ていましたか?

永井雄一郎に関して言えば、おそらくチームの中で一番気持ちが入っていた。
それは前日の練習の中でも見て取れ、実際に前半など、ドリブルで積極的に仕掛け、何度も突破を成功させていた。もっとも、これには個人能力ではさすがにやや低い相手との力加減による部分も大きいかもしれない。
先発メンバーの表記を信じれば、この試合のスタメンは以下の通り。

湘南
------鈴木正-------
---北出--白井--時崎---
-----熊林--金根哲----
--中里--------坂本--
---高田--石原--柿本---
浦和
-----永井--田中-----
-平川----山瀬----山田-
----長谷部--鈴木-----
---内舘-ゼリッチ-坪井---
-------山岸-------
湘南は実際には高田が下がり目のどちらかというと右ハーフくらいの位置にいたと思う。
前半は右サイドに位置する田中にいい形でボールが入ることが少なく、また、ボールが入っても3人くらいにマークされたこともあって、左の長谷部、平川からのパスを受けた永井のドリブル突破が光った。
ただし28分の長谷部の得点は右サイドの山田からのパスによる。
湘南は山田・田中の右サイドを特に警戒したのか、山田のプレーは簡単にクロスを放り込むものが多かった。

後半開始とともに、湘南は永井にたびたび突破を許していた?北出を井原康に代える。53(後半8)分の失点はドリブルで突破し、孤立した永井がボールを奪われたプレーが起点。浦和の左サイドで待ち構える柿本にボールが入り、永井のカバーに上がりかけていた平川が追いつけないうちにクロスを上げられ、2列目から上がってきた熊林に決められた。この左サイドからはそれまでも幾度かクロスを入れられていた。
浦和は田中に左サイドで前を向かせ、押し込むことで相手のこの攻撃を封じようとしたのか、田中と永井のポジションを入れ替える。
すると田中がボールを持つ機会が増え、だがしかし、ボールが回ってくる機会の減った永井のほうは気合が空回りするのか、パスミスなどが出るようになった。

勝ち越し点の欲しい浦和は、83(後半38)分にそれまで攻撃面では活躍していたが、守備面ではあまり顔を出す機会がなかった長谷部に代えて千島を右サイドFWとして投入、3トップとする。
だが、永井が人数をかけてペナルティエリアを固める湘南DFの中で有効なポジションを取れないことと、千島が後ろの山田と飛び出すタイミングの合わないことから、あまりうまくいかない。ポジション的に2ndストライカーのように動いて欲しい山瀬も、組み立てに参加しようと下がることが多かったため、前線は相変わらず人が足りない。
この後も攻めあぐね、延長に入った109分、カウンターの形でボールを受けた高田から柿本にパスが通り、GKと1対1を決められ、Vゴール負けを喫することとなった。

湘南は対人の強い白井などがペナルティエリア付近を固め、ドリブルで突っ込んでくる選手からボールを奪い、前線のFWにすばやく展開するパターンが多かったように思う。だからオフサイドも多かった。後半に結局オフサイドとハンド?でノーゴールと判定されたゴールが湘南側にあったが、展開としては同様であった。
FWが形としては3トップということもあっただろうか?フリーになっているFWにロングパスが通ることも多かったように思う。
左サイドに位置した坂本もディフェンスにオフェンスに奮闘していた。

対する浦和は、全般的にボールを支配し、先制点を得てリードしたものの、前半快調に攻めることができたからか、後半も同様に攻め続けようとし続けた。
あるいは1点リードでは守りきることが不安だという意識があったのかもしれない。あるいは攻めてボールを支配していたほうが守備も楽だということも。
しかし、焦って攻めてボールを奪われ、相手にチャンスを渡した。
これには会場の雰囲気も影響を与えていないだろうか?
「格下」だから圧倒的に攻めて大量点で勝たなければならないというような観客の意識がなかったと言えるだろうか?
DFが後ろでボールを回すと、ため息がつかれた。あるいは野次が飛んだ。
DF間のパス回しでも相手FWに詰められてミスが出た。
集中しろ!と叫んだ観客は本当に選手を集中させられたのか?
強いチームは1-0でも確実に勝つ術を知っている。
我々は我らがチームに強いチームの勝ち方をさせられるのだろうか?

観客の意識を変えることは簡単にはできないが、この試合を見ていたあなたが、もし、選手たちが、そしてチームが、彼ら「だけ」が悪いと思っているのならば考えを改めて欲しい。

そんな試合の裏(本当に「裏」のようなイメージ)で、ユースのシーズンもひっそり幕を閉じた。
天皇杯の3回戦と同じ14日の13時から、場所は東農大グランドで、相手は新興の川崎フロンターレユースだった。

今年のユースチームは夏の全日本クラブユース選手権で、決勝では天皇杯にも出場したサンフレッチェ広島ユースに大敗したものの、ファイナリストとしての結果を残したチームである。
このチームは端的に言えば、DFの小尾(2年)、川鍋(3年)、DHの峯岸(3年)、トップ下の中村(2年)(とGKの古俣(3年))のチームで、高いディフェンスラインを基盤とする粘り強さを身上としていた。
だが、天皇杯の埼玉県予選(彩の国カップ)準決勝でルミノッソ狭山に惜敗した試合を最後に3年生の多くが引退し、1年生が多く出場するようになった。
ちなみに対川崎戦は以下の通り。

-----沢口②-市川①---- 控え(他は不明)
--西澤①--鈴木祐①-大山②- DF小尾②(←渡部)
-------渡部①------ MF宇賀神①(←大山)
--堤①-大場③-川鍋③-山田① FW新井③(←市川)
-------大橋①------
ちなみに③=3年生:2名、②=2年生:2名、①=1年生:7名。
高校生年代の1年の違いは大きい。
Jユースカップの予選グループリーグ、新潟、水戸、山形のユースとの対戦を通じて、勝ちは収めていたものの、もう一つ個人の力頼りになっているような印象は現実のものになってしまった。
川崎とは今年は対戦がなく、昨年は3戦3勝(6/8関クラ予選グループリーグ3-0、9/8Jユースカップ予選グループリーグA3-1、11/17Jユースカップ予選グループリーグH2-1)していたが、今年初めての対戦で涙を飲む結果となった。もちろん年度が違えば高校生のチームなど大きく力も変わるし、川崎のチーム力が伸びたこともあるだろうが、例年のようにチームの基盤となるメンバーは変えない方針であったら勝てる可能性はより大きかっただろう。
しかし、一方でここで場数を踏めた1年生達の経験は大きい。
来年のシーズンは1月中旬の浦和カップで始動ということになるだろうが、例年チームの立ち上がりが遅く、初夏の関クラあたりでようやく形ができてくるものが、その分早くできる。
先日ナショナルトレセンに追加ではあるが召集された堤のように、試合で起用されれば、そうした局面で注目を受ける機会も多くなろう。
ユースに対する育成方針変更というのはこういう点にも表れているのかも知れない。

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